河野レフリー「カールトン・スーパーセブンズ2011コロンボ大会」報告

日本協会A級レフリー 原田隆司 日本協会A1レフリー 河野哲彦
派遣日程 2011年11月3(木)-7日(月)
派遣先 スリランカ コロンボ
大会日程 2011年11月5日・6日
グラウンド ロイヤル スポーツ コンプレックス
参加レフリー レフリー
Aruna Rankothge スリランカ
Nimal Dharmapalage スリランカ
Chaitanya Sinh インド
原田 隆司 日本
河野 哲彦 日本
スリランカ協会よりアシスタントレフリー・インゴールジャッジが10名程度参加。
(適宜、現地レフリーも数試合レフリーを担当)

大会概要

国内を10の地域に分け、地域代表が1チームずつ、計10チームで行われた。2週に渡って開催され、今回はその2週目にレフリーとして参加した。 1日目は、10チームを5チームずつ2グループに分け、各グループで総当たり戦を行って、各グループ1-5位の順位を決定した。 2日目は、両グループの1-4位の8チームで1回戦を行い、勝者4チームは準決勝進出。敗者4チームで前日の5位2チームの計6チームを、再び3チームずつの2グループに分け、各グループで総当り戦を行って1-3位の順位を決定。各グループ1位同士が5-6位決定戦、同2位同士が7-8位決定戦、同3位同士が9-10位決定戦を行った。 大会には複数の企業スポンサーがついていた。最近導入された「フランチャイズ制」により、各チームに企業がつくことになっており、プレーヤーの雇用も含めて面倒をみているようである。 本大会では、各チームでグラウンドには2名以内の外国人プレーヤーを認め、かつ国内プレーヤーには21歳以下のプレーヤーを必ず含まなければならないという規則であった。セブンズを強化したいスリランカ協会の、普及・強化方針が反映されていた。 チームにはNZなどからのトップコーチ・トッププレーヤーがプロフェッショナル契約として参加しており、NZや豪州、フィジーなどの元7人制代表も参加していた。日本にゆかりのある、スコット・ピアース氏(元豪州7人制代表、元三菱重工相模原)がコーチとして、アマシオ・ヴァレンス氏(元・福岡サニックスブルース)がプレーヤーとして参加していた。外国人プレーヤー・コーチ・マネージャーには1日約400USドル、国内プレーヤーには1日約100USドルが支給されるとのことであった。 観客は数千人から1万人程度。大会の冠スポンサーがスポーツ中継TV局ということで、試合は全試合生中継。両側インゴールには大型オーロラビジョンが、またメインスタンド最前列には広告を兼ねたLEDディスプレイが十数台設置されており、ライブ放映が行われていた。 ゲームの合間、グラウンドでは子供たちのミニラグビー大会が開催された。メインスタンドでは、スリランカの歌手によるミニコンサートや、司会者によるイベントが催されており、設置された大がかりなオーディオシステムを用いて大音量で盛り上がっていた。

担当ゲーム

1日目(予選プール) 2日目(決勝T・敗者T)
原田 河野 原田 河野
予選プール1試合目 予選プール4試合目 敗者T
予選プール8試合目 予選プール10試合目 決勝T 1回戦 決勝T 1回戦
予選プール15試合目 予選プール16試合目 準決勝 準決勝
予選プール18試合目 予選プール20試合目(AR) 3-4位決定戦 決勝

まとめ

海外からの元トッププレーヤーやコーチの影響はもちろんだろうが、優れた身体能力を持ち、型にはまらない創造的なプレーをするスリランカのプレーヤーは、セブンズが向いていると感じた。資金面、環境面ですでに強化が始まっているが、より強化体制が整って経験を積めば、日本セブンズの脅威になるかもしれない。 原田、河野とも、今回参加レフリー達とアジアの大会等で既に顔見知りであり、コミュニケーションには問題なかった。AR・IGJを務めてくれた現地のレフリーたちも、グラウンド内外関わらずとても好意的で気さくであり、真摯に協力してくれた。 スリランカ協会の計らいで、大統領官邸近くの素晴らしいホテルを用意していただいた。プール、フィットネスジムを完備し、また食事も素晴らしく、快適な滞在生活を送ることができた。到着時、大会会場への送迎、帰国時と移動はすべて大会運営スタッフが手配・同伴してくれて、とても組織だった運営がなされた大会であった。(唯一、帰国のフライト日程が3日も間違っており、変更の交渉に一苦労したが、海外ではありがちな事象であり、日本協会と相談しながら両レフリーで対応して事なきを得た。その節はありがとうございました。) 個人的には、空き時間や早朝に、コロンボ市街地をジョギングして、現地の人々と話したりして交流することができ、レフリーと併せてとても有意義な時間を過ごすことができた。 最後になりましたが、国内シーズンが始まった多忙な時期に派遣してくださいました岸川審判委員長、大瀧女史はじめ日本協会の皆様に感謝いたします。また、快く送り出してくださった職場・JR東海の皆様、そして不肖な私の我儘を聞いてくれて留守を守ってくれた愛する家族に感謝します。ありがとうございました。  
 

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