東京都港区と日本ラグビー協会が主催する「みなとスポーツフォーラム 2019年ラグビーワールドカップに向けて」第30回が3月6日に行われ、ラグビー日本代表のエディー・ジョーンズヘッドコーチ(HC)が、日本の現在地と今後成し遂げたいことについて講演した。

2003年にヘッドコーチとしてオーストラリアをワールドカップ準優勝、2007年にはアドバイザーとして南アフリカをワールドカップ優勝へと導いた世界屈指の名将は「“ジャパンウェイ”を確立し、2015年ワールドカップで日本を世界中から称賛されるチームにしたい」と語った。

■トップチームを作るには7-8年かかる

エディー・ジョーンズ氏
エディー・ジョーンズ氏

日本の目標は2015年ワールドカップでトップ10入りすること、そして2019年の自国開催のワールドカップでトップ8に入ることです。

チャンピオンチームを作るためには、通常は世界レベルの試合を7年間する必要があります。2003年のワールドカップで優勝したイングランドのクライブ・ウッドワード監督が最初に指揮したのは、1998年のオーストラリアとの一戦。その試合でイングランドは0 - 76でオーストラリアに大敗しました。まだ若かったジョニー・ウィルキンソンを起用しましたが、彼はひどいプレーをしたのです。

しかし、2003年のワールドカップの決勝では、そのウィルキンソンが劇的なドロップゴールを決めてオーストラリアを破り、イングランドを優勝に導きました。このように、チャンピオンチームを作り上げるためには、多くの時間が必要です。2003年のイングランドは、総キャップ数(代表チームの選手たちの合計出場試合数)が650にものぼりました。経験豊富でスクラムも強く、自分たちのプレーに100パーセントの信念を持っている。そういうチームを作り上げたのです。

2007年ワールドカップで優勝した南アフリカも、多くのメンバーが2000年からともにプレーしていました。そして同年のU-20ワールドカップで優勝したメンバーのうち、9人ほどが2007年のワールドカップでもプレーしました。南アフリカもまた、6-7年かけてチームを作り上げたのです。

2019年のワールドカップで日本が準々決勝に進むためには、この7年間にあらゆる面において正しい選択をしていかなければなりません。選手の選考、コンディション面、プレー面などすべてです。そして2015年のワールドカップでは、世界のトップ10に入りたいと思います。

■「can't do」ではなく「can do」の視点で

日本でコーチをやり始めて、4シーズン目に入ります。よく感じることは、日本には「can't do」という文化があることです。日本は20年間ワールドカップで勝利を挙げていません。7人制ラグビーやU-20代表はトップグループではありません。

「なぜ日本はこういう状況なのか?」と様々な人に問いかけました。すると、日本人は「体が小さいから」、「プロの選手が少ないから」、「日本は農耕民族だから」などと答えます。体が小さいことは事実ですが、それを変えることはできません。しかし、強くなることはできますし、速くもなれます。俊敏性を伸ばすことも、賢くなることもできます。「can't do」で考えるのではなく、「can do」を考えるのです。不利なことを利点に変えることが大切です。日本人はチームワークに優れています。ラグビーというのは、非常に複雑なスポーツで、日本のチームワークを重んじる伝統はアドバンテージになります。

わたしはオーストラリア、南アフリカ、イングランドでコーチをして、いろいろな選手を見てきました。しかし、日本人ほど潜在能力がある選手を見たことがありません。加えて日本には素晴らしいインフラがあります。そして高校、大学とラグビーをやれる環境があり、世界でも有数の企業がラグビーをサポートし、最新の設備も整っています。そんな利点も踏まえて「can do」という精神を持たなければなりません。

日本は、今後3年間で30試合の国際試合をしていきます。そのなかで、特に二つの点を強化していきたいと思います。それはストレングスとセットプレーです。まずストレングスについては、食事を改善します。日本の食べ物は、タンパク質の量がラグビー選手にとってはふさわしくありません。選手が摂る栄養を変え、ストレングスのプログラムを変えていく必要があります。

セットプレーも強化が必要です。欧州遠征でルーマニア、グルジアと対戦した際、マイボールスクラムからのクリーンボール獲得率は17パーセントでした。この2試合に関しては、連勝を飾りましたが、本来ならこのパーセンテージで試合に勝つことはできません。現実的にトップ10に入るには確率を90パーセントまで上げないといけません。そのためには日本独自のスクラムを築く必要があります。世界の強豪をコピーするだけではダメなのです。よりタイトで、低く、ダイナミックなスクラムを組んでいきたい。それは「can do」。できることなのです。

■“ジャパンウェイ”というスタイルの確立を

ストレングスとセットプレーを強化することによって、日本が大舞台で勝つことにつながります。ただ、トップレベルのチームに勝つには、他国との違いを見出さないといけません。日本はここの勝負では絶対に負けない。そういう強みが必要です。強みを持つことに対して、二つのことを目指していきます。

1. 世界一のアタッキングチームになること

四つの基本となる重要なポイント
・シェイプ(連動した攻撃で相手守備網を崩す)
・セットプレーとアタックの相互関係
・スマートラグビー(賢いプレー)
・リロード(素早く立ち上がり、次のプレーに移ること)

これらを意識して世界一のアタッキングチームとなることがほかの国との違いになってきます。

2. 世界一スモールラグビーに秀でたチームになること

先日、日本を代表するコーチや元選手に会いました。野球のワールド・ベースボール・クラシックで日本を世界一に導いた、巨人の原辰徳監督は、スモールベースボールを掲げました。世界一になったチームでは、バントや走塁などの細かい野球で日本らしい戦いを徹底しました。

また、サッカー日本女子代表の佐々木則夫監督にも話を聞きました。なでしこジャパンは、真っ向から力勝負をしてもほかの国には勝てない。そこでチーム全体が連動し、細かなパスワークを生かして世界の頂点に立ちました。

元UFCの有名なファイターだった高阪剛氏(*)をトレーニングに招きました。高阪氏は100キロほどの体重で、自分よりも30キロも40キロも多い相手と戦ってきました。そのスキルを学んだのです。高阪さんは“TK”というニックネームで呼ばれていますが、わたしもスモールラグビーを総称してTKスキルと呼んでいます。

以上のようにアタッキングスキル、TKスキルを上げていけば、2015年に日本は世界のトップ10入りをすることができると考えています。

2015年が終わったときに日本が何を成し遂げているでしょうか。いつか日本を去るとき、日本が世界から尊敬される国になっていることを望みます。尊敬を得るには“ジャパンウェイ”という自分たちのスタイルを確立することが必要です。ニュージーランドやオーストラリアをコピーするのではありません。

それを実現するためには、やり方を変えなければなりません。それには勇気がいります。勇気を持つためには信念が必要です。自分たちのプレーを信じることが必要です。「can do」の精神を植えつけなければなりません。1つだけ保証します。本当に素晴らしいラグビーを披露することです。2015年には世界から敬意を払われるチームに日本をしていきたいと思います。

■2023年であれば日本のトップ4は可能

以下は質疑応答の一部。

──代表選手の外国人と日本人の割合はどうするのでしょうか?

本当に良い日本人選手や本当に良い外国人の選手であったら使っていきます。ただ、ここで重要なのは、チームのカルチャーに合っているかということです。勇気を持っていて、規律があって、日本という国に忠誠心を持っていること、そしてアタッキングラグビーができる人というのが条件で、日本のラグビーを表現できる人が必要です。

──トップ4を目指すことは非現実的でしょうか?サッカー日本代表は2010年のワールドカップでベスト4を目標に掲げ、結果を出しました。

非現実的です(笑)。2023年であれば現実的です。ラグビーはフィジカルなゲーム。フィジカル面で相手に打ち勝つことができなければ、試合に勝てません。例えば日本がトップ10に入るためには、今あるジュニアジャパンのチームが全員40パーセントほど強くならなければいけません。日本ラグビーにおけるすべての状況が変化しない限りは、夢で終わってしまいます。トップ10に入ることさえ、とてつもない偉業だと思います。密度の高いプランが必要です。

──サントリーはジョーンズHCがいなくなった後も強さを維持しています。どのようにサントリーに勝てる文化を植えつけたのでしょうか?

素晴らしいチームというのは、まずは目的が明確です。その一員でありたいとみんなが思うのです。自分のやるラグビーに信念を持たせることです。

──サントリーのスタイルを日本代表でも構想していると考えてもいいのですか?

日本代表は、サントリーよりももっと良いプレーをしますよ(笑)。似通ったところはありますが、代表にはもっと総合力が求められます。国際試合を戦っているのですから。FWであろうが、パスの能力も必要となってくると思います。

■エディー・ジョーンズ氏に聞く「理想の2019年ワールドカップとは」

世界のスポーツイベントの第3位がラグビーのワールドカップです。素晴らしい文化の融合があります。ワールドカップが成功するには、開催国が観客の心をつかむ必要があります。日本にそれを置き換えると、ファンの方々が雰囲気を作り上げ、自分が試合会場にいることを楽しめる環になることがベストだと思います。日本には必ず「ジャパンウェイ」を見せてもらいたいと思います。アタッキングラグビーで、ボールを動かし、素晴らしいプレーを見せてもらいたいです。

(*)高は正しくは「はしご高」