第6回目の「みなとスポーツフォーラム~2019年ラグビーワールドカップに向けて~」はスポーツプロデューサーの杉山茂氏をお迎えし、「メガスポーツイベントとメディア」をテーマに11月10日(水)、麻布区民センターにて講演を行いました。
NHKのスポーツ報道センター長、長野冬季オリンピック放送機構マネージングディレクターなど、スポーツメディア界で様々な経歴をもつ杉山氏から、自身の経験や実例に基づき、オリンピックやワールドカップなど、大規模なスポーツイベントでメディアが果たした役割や、その影響力、2019年のラグビーワールドカップに向けて、ラグビー界がいかにメディアと関わり、関係を構築していくべきかなどをお話しいただきました。

杉山茂氏
杉山茂氏

【メディアとスポーツの関係】
「メディアとスポーツの関係が本格化してから、まだ60年の歴史しかないといいます。それはテレビの台頭と共に始まりました。国内ラグビー界における初のテレビ中継は1953年9月のケンブリッジ大学対明治大学の試合でした。当時家庭の受像機台数は極めて少なく、録画技術も世界的にまだありません。ご覧になった方はほとんどいないでしょう」
杉山氏は、1950年代後半、普及したテレビのスポーツに対する最大の貢献を次のように挙げられました。

  1. スポーツを家庭化したこと
    「スポーツはもともと男性文化であったが、テレビという媒体を通じてお茶の間に入り込みました。日本のスポーツはもともと、精神論やハートの部分を大切にしており、すべてのスポーツにおいて『楽しむ』や『遊ぶ』というエンターテイメントの要素を避けてきた。テレビ中継によって女性や子供も交え、スポーツが家庭内での会話のテーマとなったことはスポーツの発展に貢献したことである」

  2. テレビがスポーツの世界にマネーを持ち込んだこと
    「新聞、雑誌は人気があれば増ページや増刊ができるにしても、テレビに与えられた量は24時間でその制限の中でヒット番組を作るかが重要である。スポーツの同時性は大きな特色だが、それはテレビ局にとって独占的でなければ意味がない。スポーツ界にはアマチュアリズムが根付いており、スポーツを商品として考えることはできなかった。しかし、ボクシングでのファイトマネーのように、試合における放送独占の対価として高額なビジネスが60年代以降、内外で活発となり、それがスポーツ界を裕福にし、選手に賞金という形で還元するという構造やプロスポーツの発展、トップレベルにおけるアマチュアリズムの終焉につながった」

  3. 視聴率について
    「テレビとスポーツの関係が評価される一つの手段が視聴率である。メディア側にはスポーツ界、スポンサーなどから『いかに多くの人に見せたか』が求められるものである。会場での観客は6000人としても、テレビでは1000万人に見せられる。
    日本特有の精神論があるためテレビ側にとって難しい問題もあったが、たとえばバレーボールはいち早くテレビ最優先を打ち出し、試合時間や対戦カードをテレビ局の要望に合わせるなどした。もっとも『見られればよい』ということで今日のアイドルを起用した番組制作の姿勢につながっているのは感心しない。バレーはもともと試合がいつ終わるかわからないという競技だが、テレビ放映がしやすいようにルールやストラクチャーも変更するなど、大胆な取り組みを行ってきたのはテレビ的には評価されるのではないか」

【ラグビーとメディア】

杉山氏は、ラグビーは昔から高校ラグビーや大学選手権、日本選手権とテレビ放映されてきており、比較的テレビ露出の確保がうまくいっているスポーツであると評価します。一方で、様々なエピソードを例として挙げながら、昔からアマチュアリズムと伝統を最も尊重し、頑なにメディアへの迎合を拒んできたスポーツであると語りました。

しかし全世界を圧倒するスポーツになるためにはメディアとビジネスとのつながりが必要であると提言されました。杉山氏の見方によると、ラグビーはフィールドに30人という大人数がプレーするスポーツで元来テレビ映像が作りづらく、現場で見て初めてわくわくするものであるといいます。以前に比べ、横長サイズのハイビジョンテレビの台頭もあり、より広く試合をとらえることが出来るようになった、しかしさらにカメラの台数を増やしたり、平面感、立体感、距離感をつかんだ映像を作り出し多角的なスポーツ中継にするための装備や技術の発展が必要であると述べられました。テレビを見て会場に足を運びたくなるような中継が必要であり、それこそまさにメディアの使命だと述べました。

また、国際スポーツ中継においては、開催国の放送局ではなく、その競技を国技とし、得意とする国のテレビ局が制作し担当している現状をあげ「2019年のラグビーワールドカップ日本開催まで時間はあるので、日本のテレビ局がラグビー中継を積極的に手がけて、ワールドカップでも日本のテレビ局が制作を担当してほしい。テレビ局の広告収入は落ち、制作費が切り詰められ番組の質が下がってテレビ離れが進みつつあるが、スポーツの魅力は衰えておらず、ラグビーもぜひ地上波で放送されるようなコンテンツに成熟してほしい。競技者、ファンの潜在力は十分に期待できる。さらに、ラグビーファンの方はトップリーグを中心に会場をいっぱいにして、会場に行かなければ! と思うようなムード作りをしてほしい」と述べられました。


参加者との質疑応答


スポーツによってはアイドルの起用などが目立ちますが、スポーツの発展において正しい選択でしょうか。また、ラグビーにおいてはどのようにお考えですか。

→「ラグビー放送ではしてほしくないです。民放側はアイドルの力がなければ見てもらえない、その力でスポーツへの関心が少しでも増えればというが、スポーツはそのような力を借りなくてもよいだけに残念です。以前わたしも相撲中継において他競技の有名スポーツ選手を起用したことがありますが、失敗に終わりました。視聴者やファンは望んでいない手段だったからです。極端に言えば、芸能タレントの知名度を借りなければ視聴率をとれないのであれば、むしろテレビ放映をやめた方がいいくらいだと個人的には考えます」


3D中継の可能性をどうお考えですか。

→「サッカーなどでも3D中継が導入され、導入しなければ時代遅れのような感じですが、実験段階のレベルを当分出ないでしょう。実際、南アのサッカーワールドカップも一般放送は30台ものカメラを投入しましたが、3Dでの中継はカメラは8台です。それで精一杯です。はたしてスポーツ中継で、ただ単に映像が飛び出してくれば面白いと感じるかも研究・工夫に時間がかかりそうです。もう少し技術が進み3Dが一般家庭化され、メガネがなくても映像を3Dで見られるようになるのも欠かせない要因です。ラグビーは3D向きのスポーツではないかもしれません。卓球やテニスなんかが良いのではないでしょうか。観賞会などで試してみて、ファンを交えて検証する必要があるでしょう」


メガスポーツイベントであるプロ野球の日本シリーズの一部の試合が放映されませんでした。メガスポーツイベントにおけるテレビが果たせる役割は何でしょうか。

→「放映しなかったテレビ側が悪いですね。国民的なスポーツイベントについては、必ず放映するという姿勢でなくてはなりません。世界一、日本一を決める大会は試合のカードに左右されず、スポーツ文化を大事にするならテレビ側には見せる責任があるのです」


お金を払わなければ視聴できないpayテレビの存在は、ラグビーの普及を遠ざけているように感じますが。

→「お金を払わなければ見られないという仕組みはいろいろと議論があるでしょう。例をあげれば、英国ではユニバーサルアクセスといって、政府が特定のメガスポーツイベントに関しては地上波(無料放送)で提供しなければいけないという法律を作り、EU圏内もそれに倣っています。スポーツは文化財でもあり公共財です。お金を払って視聴するというのは雑誌や新聞を購入して読むのと同じではありますが、誰もが見たいと思うイベントこそフリーにするべきです。有料放送がコンテンツとしてスポーツを多く導入していますが、この現象は、逆にスポーツが人々をひきつける重要なコンテンツであるということが評価されている証拠でもあり、喜ばしいことだともいえます。有料放送の中継は初めから終わりまで『完全』だし、制作レベルも上がっています」


杉山さんが知っている、2019年ワールドカップ日本誘致の裏話を教えてください。

→「裏話ではありませんが、ラグビーは南半球の数か国や、ヨーロッパだけのものではない、日本を拠点に世界のスポーツへ発展するという日本協会の姿勢とアピールが響いたと思います。アジア圏だけではなくアメリカでもテレビ界が注目し、ラグビーのビジネスとしての広がりが期待されはじめたといわれます。これからラグビーもグローバルなスポーツになり伝統的なユニオンだけではなく地球化していくでしょう」


日本のテレビ局がラグビーの中継を制作するために、どのような番組の作り方がありますか。また、野球やサッカーと比較して、コアなファン向けに制作するか、一般の人も楽しめるように制作するかどちらが良いと思われますか。

→「いわゆる玄人ファンが納得するような番組づくりをするべきだと思います。それがそのスポーツの真の面白さを伝えることを意味し、それにより一般のファンにも、その面白さが伝わると思います。競技本来の魅力を伝えるのです。お茶の間で『あそこのプレーはこうしたほうがよかった』と場面を語り合えるくらいのコクや質のある番組がいいですね。そういう場面を追い求めるディレクターがいてほしいです。ラグビー場ではルール解説など、初めての方に対するサービスなどもあり、努力を感じますが、みなさんが会場で見る際は、大型ビジョンに映っているトライのリプレイではなく、選手の生の表情に目を向けてみてください。目の肥えたファンに楽しんでもらえるからこそ次々とファンが増えるのがラグビーだと思います」

次回のみなとスポーツフォーラムはサントリーサンゴリアス前監督の清宮克幸氏を招いて12月1日(水)に開催いたします。

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