フジテレビ・川口哲生氏が語る「バレーボールのメディア戦略」

東京都港区と日本ラグビー協会が主催する「みなとスポーツフォーラム 2019年ラグビーワールドカップに向けて」第26回が11月19日に行われ、フジテレビのゼネラルプロデューサーである川口哲生氏が「バレーボールのメディア戦略」をテーマに講演した。

バレーボールのワールドカップ(W杯)に長年携わってきた川口氏は、バレーボールにおける「メディア戦略」の方針や実施に至った経緯などを語り、独自の視点から、19年に地元開催のW杯を控えるラグビー界への提言を行った。

■危機感から生まれたコラボレーション

川口哲生氏
川口哲生氏

わたしが(フジテレビの)スポーツ局に異動になったのは1995年のことで、この年はフジテレビの社運をかけるバレーボールW杯が行われる年でした。当時のバレーボール界は非常に厳しい時期に差し掛かっていました。「これ以上悪くなることはない」、「22日間ゴールデンタイムで勝負するにはバレーボールのコンテンツ力ではおぼつかない」と言われており、何か助けを借りないと、このコンテンツは日本に根付いていかないという危機感を当時の関係者からは植えつけられていました。

そして生まれたのが、現在も続いているジャニーズ事務所とのコラボレーションです。これに関しては賛否両論があると思いますが、バレーボールの試合前にジャニーズの子たちが歌って踊る、ショーアップしたステージを繰り広げるという、スポーツ関係者から見れば、異様なコラボレーションを試みました。

ただし、こうしたテレビの企ては競技団体の理解がなければ実現しません。「このプランを全面的に支持するぞ」と言ってくれたのが、当時のバレーボール協会会長だった(故)松平康隆さんでした。「そういう提案を待っていた」と語り、この企画に賛同してくれました。プロモーションを大胆にやろうと、ドラマを作ったり、大会テーマ曲も音楽番組にプッシュしました。われわれが何かお願いすると、協会側はすぐに応じてくれたのでした。

このプランに関しては賛否両論がありました。「コンサート会場か競技会場かわからない」と、多くのメディアからもたたかれました。ただ、おそろしいぐらいの集客を達成しました。この成功を機に、その後もジャニーズ事務所とのコラボレーションを継続しています。

現在のバレーボール界は、そのコンテンツ力がどうかを問われた時代から比べ、良い時代を迎えようとしています。芸能界に頼り切るのではなく、自分たちの力でスポーツの魅力を伝えられるように、コンテンツ力は段階的に成長しています。テレビ局の過剰演出ではないかと言われていることは真摯に受け止め、(中継スタイルを)考え直す時期に入っていると感じているところです。

スポーツそのものの魅力とエンターテインメント性をどう融合させていくかは永遠のテーマです。もちろん、このようなコラボレーションに頼らず、ストレートに試合中継することが一番いいのでしょう。ただし、ファンを拡大すること、普段そのスポーツに関わっていない人たちを会場に呼び寄せるトリガー(スイッチ)としては、この試みは良いのではないかとも思っています。

■チャレンジできる可能性が秘められている

スポーツとは、まず異性に注目されて増幅し、その後に同性に支持されて絶対的な基盤を築くという印象を持っています。サッカーはこれを見事に成功させていると思います。女性に憧れる男子サッカー選手がいて、男性が支持する女子サッカー選手もいます。これはなでしこジャパン、ヤングなでしこが立証していますよね。そして、その先に同性が熱狂するという構図をサッカー界は長い時間をかけて構築してきたのではないでしょうか。これは自然発生的に作るのは大変に難しく、戦略性が重要です。

95年大会でジャニーズ事務所とコラボレーションした際(V6)、ジャニーズファンの多くは曲が終わると帰ってしまいました。ですが、4年後の嵐の時ファンは嵐を応援した後に、しっかりとバレーボールを見てくれました。そして、03年の大会ではうちわの内側にアイドル(NEWS)の写真があって、何と裏側にはバレーボール選手の顔写真をつけてくれていました。長い時間をかけて、芸能界とスポーツ界が合わさっていったのです。

女子バレーボール界では、女性が支持をするという構図ができあがっています。一方の男子はこれからだと思います。女性が憧れる選手が出てきて、同性がサッカーのように熱くなるという選手が今、望まれていると思います。

ラグビーはいかがでしょうか。ラグビーは異性に支持されるイメージ戦略ができあがっているでしょうか。わたしはよく存じませんが、わたし自身の(ラグビーに対する)受け止め方は「ラグビーは汗臭い男のスポーツ」です。異性にどこまでアプローチができているでしょうか。そこにはまだまだやり残していること、チャレンジできる可能性が秘められているのではないかと思います。

■ラグビー協会会長に直談判をする

 以下は質疑応答の一部。

──芸能人とのコラボレーションを考えた際、競技の持つイメージやターゲットとする顧客層との相性についてはどのように考えていましたか?

この取り組みを行えたことの要因は、バレーボール協会の理解に尽きます。松平会長が「これなんだよ、これ」と言ってくれました。(72年の)ミュンヘン五輪の際、松平会長自身が男子バレーボールが世の中に受け入れられるにはどうすべきかを考えたときに、子どもたちにアピールしたいと考えたそうです。そして、たどりついたのが若者向けの雑誌(少年マガジンなど)に選手たちを露出させるという戦略でした。

(95年W杯)当時、若い子たちがバレーボールを(試合会場に)見に来なくなっているという状況でした。その若い子たちを会場に引っ張り込むにはどうしたらいいのか。長くバレーボールに親しんできた方々は眉をひそめるかもしれませんが、スポーツをしたことのない人たちにはこういった戦略が必要だ、とおっしゃったのは協会のトップであった松平さんです。提案したわれわれはおっかなびっくりで、断られると思っていたら、「よくこの企画書を出してくれた」と言われました。バレーボール協会の決断が大きかったのだと思います。

──スター選手の存在は大きいでしょうか? スターを作り上げる上でメディアの役割は? またスター選手不在のメディアの役割について教えてください。

スター選手に関してはメディアと(協会の)強化の思惑が一致する必要があります。たとえばゴルフ界がそれに近い取り組みをしましたが、視聴率が低迷していた男子ゴルフは石川遼という素晴らしい選手の成長によって、劇的に状況が変わりました。

バレーボールとラグビーも戦略性を持ってスター選手を育てることを考えていく必要があると思います。ただし、勝負事は何が起きるかわかりません。スター選手一人におんぶにだっこだと、けがで大会に出られなくなったらどうするのかという問題が浮上します。もし大会期間中にAという第一候補がこけてしまったら、第ニ、第三の手を打つという戦略をきめ細かく打つことが大事だと思います。

協会とメディアが十分に議論を重ねて、プロモーションの対象となる有力選手を見極め、どのような戦略で露出を図るのかをじっくりと考えていく必要があると思います。(スター選手がいない場合は)作っていく努力をしないといけません。ただ、スター選手は無理矢理作り上げるものではなく、生まれるべくして生まれてくるんだということだけは信じていかないといけないと思います。

──川口氏がもしラグビー協会のイメージ戦略の担当になったとしたら、何から始めますか?

バレーボールにおいては、亡くなった松平会長の存在が非常に大きかったと話しました。ラグビーがメディアと一緒になって革新的なことをしようとした場合、メディア側だけでは力不足です。協会側の強烈なリーダーシップとトップに立つ方の存在感が重要になってくると思います。フジテレビの人間としてはバレーボールを捨ててラグビーになびくわけにはいきませんが、もし、わたしがどこか他の局で番組プロデューサーになったと仮定したら、そのときはラグビー協会会長に「もっとメディアを愛してくれ」と直談判をすると思います。

■あなたにとってラグビーとは?

「たとえ話になります。ラグビーという名前の男の子がいたとして、隣のクラスで体が大きく、勉強ができてスポーツも万能。気になる存在ではあるけれども、一度も話したことはない。ただ、その存在感には一目置いているというイメージですね。隣のクラスというイメージには自分がプレーしたことがないという距離感から来ています。それでも気になるのは、ラグビーが持っているオーラを感じる機会が多いからではないかと思います。実は業界内でのラグビー経験者はすごく多いので(笑)。
おそらく、ラグビー側もテレビの人間であるわたしを気にしているのではないでしょうか。あいつ気になるよなとお互いを気にしている。わたしとラグビー界は微妙な距離感、関係なのかと思います」