公益財団法人港区スポーツふれあい文化健康財団と日本ラグビー協会が主催する「みなとスポーツフォーラム 2019年ラグビーワールドカップに向けて」の第32回が5月22日に開催され、筑波大学体育系・准教授の仲澤眞氏が「文化の担い手としてのスポーツ・ファン」をテーマに講演を行った。
仲澤氏は長年、スポーツ観戦者を対象としたマーケティング施策、スポーツビジネスのあり方に関する研究に従事。これまでサッカー日本代表、Jリーグ、サッカー女子ワールドカップ(W杯)の観戦者調査、スポーツプロモーション戦略に取り組み、日本体育協会・公認スポーツ指導者養成講師、日本サッカー協会・公認指導者養成講師なども務めた。スポーツマーケティングの第一人者ある仲澤氏は調査経験、研究実績を踏まえ、サッカーや野球の事例を紹介しながら、19年W杯に向けたファン・デヴェロップメントの重要性を説いた。

■多様なニーズに応える「連峰型のスタジアム」

仲澤眞氏
仲澤眞氏

冒頭、仲澤氏は「スポーツ文化」の基本概念を解説。文化とは「生活を豊かにするための工夫」であり、そこでスポーツが果たす役割はどんなことがあるのか。意味や価値、技術、遵守すべきこと、さらには用具や設備など複数の要素によって、スポーツ文化が構成されていると説明した。一人のファンとして「スポーツ文化に関わることの意味」が、応援のスタイル、観戦のスタイルを決めていくとした。その文化の枠組みをベースに、Jリーグ観戦を例に挙げて、スポーツプロダクト論を説明した。

「チケットを買うという行動は“期待”を買うこと。『いいサッカーが見たいからチケットを買った』という人にとっては試合、プレーなど、サッカーそのものが重要。そういう人にとっては飲食やアトラクション、演出は重要ではない。でも、家族でサッカー観戦する人にとっては、家族との連帯を感じる時間を買うことが大事。それを成り立たせるために必要なものは何か。安心、健全な空間、家族席やスペースなど。さらに、お母さんにとっては飲食、子供向けのアトラクションがあるといいかもしれない。チケットを買うという行動をひとつとっても、その人が何を求めるかで大きく変わってきます」

さらに、プロ野球の「ビール付きチケット」のプロモーション事例も紹介。これは野球を積極的に観戦しない人に対して、職場仲間との親睦を深めるためスタジアムに足を運んでもらおう、という球団の提案だ。こうした多様なニーズに応える運営のことを、「連峰型のスタジアムづくり」と称した。スポーツの魅力・価値を形成するのは、ひとつではない。鑑賞、応援、交流・和合、気晴らしなどが複合的に連なっていることを連峰型と表している。

「スタジアムには純粋にスポーツ観戦を楽しみたい人もいれば、応援を大事に考えている人もいます。家族や職場仲間との交流を目的としている人もいるでしょう。これらは各々違う頂(いただき)を持ちながらも、底辺でつながっています。連峰型のスタジアムで理想なのは、それぞれがお互いの違いを認め合いながらも共存していることですね。浦和レッズのファンは、ファンが自発的に(その自治によって)すみ分けをしている側面があります。プロ野球では、運営側が観戦のスタイルを席位置によって規定しているところもあります。ファンの自治のレベルでは、Jリーグは進んでいるものと思います」

■サッカー女子W杯を成功させたマーケティング戦略

スポーツマーケティングの先進国である米国からは、1999年のサッカー女子W杯での事例が紹介された。米国にとって女子サッカーは当時マイナースポーツだった。にもかかわらず、同大会は有料入場者数658,167人、入場料収入2,810万ドル(約33億7200万円)と大成功。決勝の観客動員は90,150人と女性スポーツの世界記録を打ち立てた。運営サイドは明確なターゲットを定め、かなり入念な準備を行ったというが、これこそマーケティング戦略の賜物だろう。

「ターゲットにしたのは、『サッカーをしている少女とその家族』。運営の言葉を借りれば、『手の届く低いところから実を取る』というイメージです。そのための戦略は4つあって、そのひとつがあこがれのスタープレーヤーを育成し、活用すること(標的:教育熱心な母親)。当時、その役割を担ったのは米国代表のスター、ミア・ハム選手でした。ほかにも、グラスルーツ活動(標的:開催地周辺の住民)、コーポレート・コミュニケーションの提案(標的:少女を主たるマーケットとする企業)、(国連との連携した)女性スポーツのムーブメントづくり(標的:女性の権利に関心のある人々)など、明確なターゲットをもって進めていきました」

■ファミリー層を狙ったJリーグの「コナンシート」

(スポーツの魅力を中核にしながらも、多様なニーズに応えることによって)スポーツのプロダクトを拡大し、新規ファン開拓するため、具体的には何をすればいいのか。この点においては、Jリーグが新たな試みを行っていた。『劇場版 名探偵コナン』とのコラボレーション企画で生まれた「コナンシート」は、ターゲットを子ども、ファミリー層とした。

「もちろん、こうした企画には当然のことながら、関係者の間でも賛否両論があったと聞いています。『本当のファンが育つのか』『邪道だ』というステレオタイプの意見がありました。じかしながら、重要なことは、コナンシートに来場された家族をサッカーファンに育てることです。様々な企画はコミュニケーションの出発点であり、その後、きっちり(プロダクトの中核となる)スポーツの魅力の理解者になってもらうことが重要です。コントロールできる範囲で、間口は広い方がいいのです」

新規ファンを掘り起こすことは簡単ではないが、そこに取り組まなければラグビーの発展、普及はあり得ない。そのためには、ターゲットを明確にし、ときに邪道に映る施策も必要になるだろう。6年後にW杯を控えた日本ラグビー界に、仲澤氏はこう提案する。

「ファンをどう育てるのか。どこの誰(標的)をどこへ連れて行くのか(学習支援などリードアップのビジョン)。製品拡大の際は、こびてもいいから間口を広くして確保していく。そのときに連峰型のファンづくりができるかが課題になってきます。やがて消費者から市民、そして観戦文化の担い手になっていってもらう。ラグビーが社会的関心事としての存在感を発揮すれば、その社会的機能は高まり、人々のボランタリズムを喚起することにもつながります。また、(各代表チームの)キャンプ地でもできることはあります。例えばサッカーW杯では大分県・中津江村が有名になりました。当時の小学生は現在大学生になり、交流は今も続いています。こうしたサッカーを越えた社会的機能も必要。マイナースポーツが国際大会を開く際のヒントになるのが、代表戦でのプロモーション活動ですね。そして19年を迎える前に、国内リーグでも活用していってほしいと思います」

■ラグビー界一丸となってW杯を迎えられるか

今回のフォーラムでは質疑応答だけでなく、ディスカッションを通じて一緒に考える参加型となった。仲澤氏の講演後、どうすればラグビーファンが増えるのか、トップリーグの魅力をいかに訴求すべきかなど、ラグビーの未来をめぐって熱い議論が展開された。

以下は質疑応答、ディスカッションの一部。

──ラグビーファンの年齢層はサッカーよりも高そう。19年W杯に向けて、どうやって若者を取り込んでいけばいいのでしょうか?

邪道と思われることにも取り組んでいくのがいいと思います。コナンの企画は、小さな子供を持つ家族での来場を促しただけでなく、若年層を新たにスタジアムへ運ぶ効果がありました。今後、その試みは大きな果実をもたらすと思います。若返りを考えたとき、「誰を狙うのか」をまず決めて、次にどうアプローチするのかが重要になってきます。最後は効率ですね。狙ってみたけれど、本当にスタジアムに足を運ぶのか。具体的には、若者に訴求するメディア、そこに載るために何を工夫するか、を考える必要がありそうな気がします。

──ラグビーを知らない人をキャッチできる方法として、友達を連れていくとチケットが無料になる、何か特典がある、というキャンペーンがあったら面白いと思うのですが、どうでしょう?

それを関係性マーケティングと呼びます。いまいるファンを維持して、活用するという戦略ですね。とてもいいアイデアだと思います。日本ラグビー協会は、19年W杯で観客動員200万人という目標を掲げています。1試合平均4万3000人です。これは候補に挙がっているスタジアムの平均キャパシティーを越える計算になります。今、ラグビー協会に登録しているのは12万人です。その人たちに「2人連れてきてください」と呼びかけても36万人と、まだまだです。200万人を達成するには、本当にいろいろな仕掛けをしていかないと厳しいのではないかと思います。

──19年をゴールとしていくのか、それともW杯は通過点として、その先を見据えてマーケティングを進めていくのか、どちらが大切でしょうか?

通過点にしか過ぎないというのが前提だと思います。トップリーグが19年にどれだけ関われるか、そのシナリオが描けているか、ですね。サッカーの場合、Jリーグのチケットから席種にかかわらず、すべてのチケットから100円をW杯のために使いました。みんなが同じ絵を描きながら取り組めるかが重要です。それと同じようなことがトップリーグでできるか。ラグビー界一丸となってW杯を迎えられるか、ということですね。それぞれの立場で、19年に対して何ができるかを洗い出すことが、大事なスタート地点になると思います。

──19年をゴールとしていくのか、それともW杯は通過点として、その先を見据えてマーケティングを進めていくのか、どちらが大切でしょうか?

硬派ですよね。良くも悪くもブレないな、という印象です。そんなラグビー界にアドバイスするとすれば、もう少し多様性を認めてみては、ということです。硬派もいいけど、軟派があってもいい。そういうすみ分けの工夫をもっとした方がいいと思います。ぜひとも連峰型を目指してもらいたいですね。19年W杯に向けては、ラグビー界の覚悟を見せてほしいです。協会もトップリーグも関係なく、同じ絵を描いて進んでいくことを期待しています。19年への取り組みが、日本ラグビーの新たな局面をもたらしたと総括されることが理想です。そのためには、ラグビーに関わるすべての人が『自分は何を果たせるか』を考え、それぞれの役割を認識していくことが重要です。残された時間はあまりありませんので、今後、さらに強い当事者意識と危機感を持って取り組んでいただきたいです。