運営目線から見たラグビーワールドカップ2015イングランド大会
学ぶべき大会運営と雰囲気作り

公益財団法人港区スポーツふれあい文化健康財団と、公益財団法人日本ラグビーフットボール協会が主催する「みなとスポーツフォーラム 2019年ラグビーワールドカップに向けて」の第58回が11月20日、東京都・港区のTEPIAで開催された。
今回は公益財団法人ラグビーワールカップ2019組織委員会の宮田庄悟氏(広報・マーケティング局長)と伊達亮氏(業務局事業部長)を招き、ラグビージャーナリストの村上晃一氏の進行のもと、「ラグビーワールドカップ2015レビュー ~大会運営編~」をテーマに講演が行われた。

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■国中で盛り上がったイングランド大会

第1部で最初に登壇したのは組織委員会の業務局事業部長を務める伊達氏。先日行われたラグビーワールドカップイングランド大会で現地視察を行い、その時撮影した多くの写真で現地の盛り上がりを参加者たちに紹介した。

「テレビで見た方、現地で観た方もいらっしゃいますかね。私はこの写真を見るといまだに涙腺が弱くなってきます」と話しながら披露した1枚目の写真は日本代表が歓喜している写真。当時、世界ランク3位の南アフリカから歴史的勝利を挙げた瞬間の写真だ。「最後の最後まで『お前日本人か、おめでとう』と世界中のファンが言ってくれた」と、現地での興奮を口にする。次のスライドはサモア代表を応援するファンと日本代表を応援するファンが入り乱れてスタジアムの座席に座っている写真。「この写真一枚をとっても、ラグビーというスポーツは素晴らしいなと改めて思います。単純に盛り上がりもそうですけれど、サモアファン、ジャパンファンが入り乱れて座れる。世界一を決める世界最高峰の大会であっても、ラグビーというスポーツはファンが一体になってピッチの上で行われているラグビーを応援する文化がある」とラグビーの魅力を改めて来場者に語りながら、試合会場の様子を紹介していった。

その後もスタジアムの施設や会場の内外で行われているイベントの模様。売店や観覧車などが設置されたファンゾーンの様子などを次々と紹介。すると伊達氏がある写真でスライドを止めた。それは煙に包まれたピッチの様子。「びっくりしました。このスタジアムは屋根が開閉式なんですけれど、キックオフ直前に花火をものすごく打ち上げたんです。3階席の人は煙がかかっていたところで試合を見ていましたが、前半26分にはまだ煙が残っていた。単純にラグビーの競技だけではなく、視覚での派手さで興奮させる。こういう仕掛けをしながら大会そのものを盛り上げているんです」と驚きを隠せない様子で、現地で感じた思いを口にしていた。

続いて紹介したのが、スタジアムを離れ街中での盛り上がりの様子。巨大ラグビーボールが観光地であるカーディフ城の城壁に突き刺さっている写真では、「日本の大阪城にこういうことをやるって言ったらおそらく賛否両論ですよね。こういうことがすっと行える文化も良いなと思いました」とコメント。また、街中で自身が体験したエピソードも披露。伊達氏はスコットランド戦を観戦し終え、日本の敗戦に肩を落としながら街中の仮説トイレに入ったという。トイレから出てくるといきなり「次は勝てるよ!」「元気出せ!」と10名ほどのボランティアに囲まれたという。「日本人の私がトイレに入るところを見て、出てくるのを待っていたんです。そして楽しませてくれる、盛り上げてくれる。ボランティアの方々がさまざまなところで大会を支えていた」と笑顔で大会を振り返っていた。

■「ユニティ」がキーワードの新マーク

次に登壇したのが組織委員会で広報・マーケティング局長を務める宮田氏。宮田氏が話したテーマは大きく分けて2つ。W杯イングランド大会で設置した「ジャパンパビリオン」と新たに発表された「W杯2019のトーナメントマーク」についてだ。

組織委員会はイングランド大会の期間中、クイーン・エリザベス2世カンファレンスセンターの敷地内にジャパンパビリオンを設置し、訪れた人たちに次のW杯開催国である日本への関心を高めてもらう取り組みを行った。このパビリオンには日本ラグビーフットボール協会と組織委員会だけでなく、日本政府の文部科学省、農林水産省や観光庁などの多くの省庁、試合開催地として決定している19の自治体や東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会など多くの組織が参加。日本の文化や観光資源などを、展示や試飲・試食、ワークショップなどで来場者に紹介した。

宮田氏は「ラグビーW杯はラグビーの大会であることは間違いなく、これを成功させることが組織委員会のミッション。ですが、ラグビーW杯という期間で日本を知ってもらい好きになっていただきたい。そのためにもまず日本に来ていただかなければならない」と、ジャパンパビリオン設置の意図を説明した。また、「お互いに良く知り合うため」に、次回ホスト国として世界各国のラグビー協会関係者を招き、レセプション等も行ったとのこと。ジャパンパビリオン期間中には、ワールドラグビーと共同で記者会見を開き、W杯2019の新トーナメントマークと開幕と決勝の日程の発表も行った。

新トーナメントマークは、ワールドラグビーのロゴをベースにして「日本仕様」に変更したデザイン。中央に日の丸と富士山があしらわれており、宮田氏は「日本を象徴するような天と地でありますとか、ライジングサンでありますとか、富士山、そういう日本を象徴するようなマークが統合されている。ユナイト(団結)されている」と表現した。

また、ワールドラグビーからは「日本中で受け入れられるようなマークでなければいけない」との要望があったと言う。そこで、ラグビーW杯2019の成功とは何かを考えながら開発コンセプトを決め、「組織委員会でも全員が参加し何度も話し合いを行った」。デザインのコンセプトは「ユニティ」(団結)。「ユニティという言葉をキーワードにして、大会の権威、スポーツの大会としての力強さ、日本らしさ、国際的な認知、記憶への残りやすさ」を考え、「ラグビーW杯にとって新しいテリトリーである日本と、ラグビーの伝統国である選手、ファンが一体となって、ラグビーをグローバルにするためにアジアで初めての大会を一緒に作り上げる。日本の人々、そして世界のラグビーファンがラグビーの精神を共有し団結すること。そして開催都市を中心に日本全国が結束し、世界中から集まったラグビーファンをもてなし、すばらしい体験をしてもらいたいという気持ちがこもっております」とデザインに込められたメッセージを説明した。

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■注目が集まるセキュリティーやテロ対策

休憩を挟んで行われた第2部では、伊達氏、宮田氏との質疑応答が行われ、組織委員会の活動やラグビーW杯の運営に関するさまざまな議論が行われた。以下は質疑応答の要旨。

――大成功だったイングランド大会ですが、テロ対策やセキュリティーの部分はどうだったのか?

伊達「イングランドは12年にロンドン五輪を開催しており、当然ながらテロ対策等のセキュリティーはとっていました。万全に準備はしていましたが、それを表に出して目に見えるようにするのかしないのか、というところで今回はあまり目に見えないようにすると判断されたようです。日本大会も同じです。準備は当然ながらすべてを行った上で、日本らしさを含めて人の目につくようにするのかしないのか、だと思います。

あともう一つ、イングランド大会の運営担当の方に『安全な大会で終わった立役者は誰ですか?』と聞いたら、『一番とは言えないけれど二人いる。それはファンと選手だ』と言っていました。例えば、チームバスがファンが通っている道の真ん中を通って来る時に、ファンたちが声を掛け合ってきちんとバスが通る道を作り、安全を確保してバスが通っていくなどです。私はセキュリティーの責任者ではないですが、会場運営の責任者という立場でありますので、そのような雰囲気は19年大会もやりたいなと思います」

――日本大会でのファンの移動や宿泊に問題はないのか?

伊達「日本において移動、宿泊がトラブルになることはないと思います。新幹線でも在来線でも5分遅れるとお詫びのアナウンスが入る。こんな国は世界中のいろんなところに行っていますが見たことがないです。基本的に時間通りに物事が動く国は、世界でもまれでありますので、ここは誇っていきたいところであります。逆にアピールしていきたいですね。これがわれわれの普通だと」

――宿泊に関しては、ホテルが取れないなどの問題も出てきそうだが?

伊達「選手たちは無理ですが、日本に来るファンたちは和の旅館などにたくさん泊まりたいと思うんです。そうなると、宿泊数においては地方も含めて問題ないと考えています。また、日本は移動アクセスが良い国ですから、少し横の町に行っても30や40分で戻って来れる。例えば東京から横浜なんかもそうですよね。そう考えると、ファンの皆さんの行動範囲が広がる。過去の大会から見ても、日本大会は一番選択肢があるオファーを出せるのではないかなと思っております。飛行機、新幹線、宿泊も含めてです」

■イングランド大会から学べることは?

――19年を機にラグビーが日本に定着することをファンは望んでいるが、組織委員会は日本大会の成功しか見ていないのでは?

宮田「私たち組織委員会の活動はラグビーというスポーツがないと成り立たないわけですから、一義的にはラグビーW杯を成功させるために努力しますが、成功させるためにはラグビーを日本で普及させることも重要です。これは当然、日本ラグビーフットボール協会が行うことではあるのですが、私たちも連携してラグビーを普及させて、ラグビーの人気を高めてチケットを買っていただく。そして、19年が終わった後のラグビーの普及のことも準備の段階から考えていかなければならないと思います。組織は分かれていますが人はクロスしておりますし、お互いの会議に出たり共同の会議を行ったり、いろいろなテーマで一緒にやっておりますので、決してばらばらにやっているということではありません」

――今回のイングランドの大会から、日本が一番見習うべきところはどこか?

伊達「すごく難しいですね。繰り返しになるかもしれませんが、私はやはりワールドラグビーが掲げているラグビーの精神ですね。そういうものをきちんと守っていたと言いますか、そこに高い志を持って取り組んだ組織委員会の姿勢というのを見習うべきだと思いました。

私の業務でチームサービスという業務があります。チームの周りのことをすべて行うというものです。その部分で見ていておもしろかったのは、『チームに対してはノーサプライズポリシー』だと言っていたことです。要するに驚かせないことです。例えば、本当だったらホテルからスタジアムまでバスでだいたい30分かかる距離だったとき、すべての信号が青で、法定速度で走れば20分で行けるというときに、『20分で行ける』とは組織委員会が言わなかったんです。『実際は30分だが、その上で何か改善できることがあれば僕らはベストを尽くす』と。その場をちょっと気持ち良くさせて、後で現実が違った、ということは絶対にやらなかった。必ずすべてをオープンに話して、チームとともに必ず一緒に解決策を考えていたんです。そのノーサプライズポリシーということは重視したいなと思いました」

■あなたにとってラグビーとは?

宮田「私の前回の答えは『憧れ』でした。なぜかと言うと、ラグビーファンはデートなどでもラグビー場に行き、みんながラグビー選手の名前を知っていたからです。そして今も当然憧れなんですけれど、9月19日の南アフリカ戦を見ていて『この人たち本当にすごいな』と思った。私の言葉で言うと、誇りですね。日本人としての。だから、ラグビーは『憧れ』から『誇り』になりました」

伊達「私は、恩返しをしたいなとずっと思っていました。ラグビーは私にいろいろなものを与えてくれましたし、仲間をはじめ自分自身の自己形成も含めて、『恩返しがしたい対象』です。それに加えて、宮田さんの言葉を借りますけれど『憧れ』が出てきたなと。スポーツに携わることによって、自分の世界でも世の中でも何かを変えられるんじゃないかという欲が出てきました。19年大会で誰か一人でもそういう気持ちになれるようなものを作り上げたいな、という思いが増しています」