スーパーラグビー参戦が代表に与える影響
サンウルブズHCハメット氏が語る

公益財団法人港区スポーツふれあい文化健康財団と、公益財団法人日本ラグビーフットボール協会が主催する「みなとスポーツフォーラム 2019年ラグビーワールドカップ(W杯)に向けて」の第60回が1月27日、東京都・港区の赤坂区民センター区民ホールで開催された。この日のゲストは、世界最高峰のスーパーラグビーに16年より参戦する日本チーム「ヒト・コミュニケーションズ サンウルブズ」のヘッドコーチ(HC)、マーク・ハメット氏。ラグビージャーナリスト・村上晃一氏の進行のもと、「サンウルブズが目指すもの」というテーマで講演が行われた。

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■スーパーラグビーに貢献したい気持ちがあった

スーパーラグビーはクラブチームで行われる国際リーグ戦。ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカ3カ国のチームが参加し、徐々にチーム数を拡大していった。今年からは日本、アルゼンチン、南アフリカの3チームが新たに加わり、18チームで行われる。昨年12月21日にはハメット氏がヘッドコーチに就任することが発表された。

「サンウルブズのヘッドコーチのお話をいただいたのが、昨年の12月位だったと思います。お引き受けした理由はいくつかありますが、何よりもスーパーラグビーに貢献したいという気持ちがあったのがひとつ。それから、私はクルセイダーズでプレーをして、コーチも務めていました。7回優勝を果たしたのですが、チームを設立した当初は苦労して、1996年の1年目は最下位に終わっているんです。新しいチームを立ち上げる時には土台作りが大事だということを経験を通じて知っているので、今回の職を引き受けることにしました」

サンウルブズのヘッドコーチを引き受けた経緯を、ハメット氏はこう振り返った。ニュージーランド出身のハメット氏は、オールブラックスのフッカーとしてW杯2大会に出場。引退後、5年間はアシスタントコーチとしてクルセイダーズを3度の優勝に導いている。

今回、日本チームがスーパーラグビーに参加することについて、ハメット氏は「適時」という言葉を用いて、今がそのタイミングだと力説した。

「日本のラグビーは125年の歴史があると聞いています。今回、世界で最もタフと言われるスーパーラグビーに参戦することになったのは、機が熟してのことだと思います。先週ちょうどニュージーランドのメディアから、『サンウルブズがスーパーラグビーに参戦するのは少し早すぎるんじゃないか』という質問を受けたんですが、『あと2~3年待ったら準備万端なのか、何か変わるのか』と答えたんです。

大きな一歩を踏み出す時というのは、もちろんそこに課題はあると思いますけれど、スタートさせることによって逆に適時になっていくということもあるのではないでしょうか。まさに、今回がそのケースです。日本では2019年にラグビーワールドカップも迫っていますし、昨年もワールドカップで成功を収めたので、まさにいい時期だと思っています」

■初戦は2月27日のライオンズ戦

サンウルブズの初戦は、2月27日に秩父宮ラグビー場で行われるライオンズ戦(南アフリカ)。秩父宮ラグビー場のほか、アウェーの地や中立地のシンガポールで、7月15日まで15試合を戦う。

初戦までに与えられた準備期間は非常に短い。「それは最大の課題になってくると思います。通常であれば、スーパーラグビーのチームはクリスマスまでの1カ月間と、年が明けても1カ月ぐらい練習するので、2カ月ぐらい時間があるのですが、われわれには非常に短い準備期間しかありません」とハメット氏も認める。

しかし、指揮官は短期集中のメリットも感じているという。「私は逆にアドバンテージだと捉えています。多くのチームが練習にあきあきしていて、試合を早くやりたいと思っていれば、そこにチャンスを見いだせる」とポジティブに考えている。

サンウルブズはどのようなチームを目指すのだろうか。ハメット氏は「一体感のあるチームを作っていきたい」と語る。「ストレングス&コンディショニングコーチをはじめ、選手たちと1対1で話をするつもりです。1人1人のキャラクターや、彼らがサンウルブズに参加してどうなりたいかという話を聞こうと思っています」と選手とのコミュニケーションを重視する。プレースタイルに関しては、“ジャパンスタイル”のラグビーを挙げた。

「南アフリカやオールブラックスのマネをしてもダメです。日本の“スタイル”を実践することがとても大事で、それがどんなものかというと、フリーフローで、ワイドに展開し、とても速いラグビー。当然、相手はそれを止めにかかってきますので、どう対応するかも重要です。一番最初の2試合でキーファクターになってくるのが、速いプレーだと思います」

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■日本代表のHCと密接な関係を保っていかなければ

日本代表との関係も気になるところだ。サンウルブズは日本代表とは別に強化していくのか、日本代表を念頭において考えていくのか。ハメット氏はあくまで私見だと断った上で、「まずサンウルブズというチームが強くなっていかなければならない。そのために日本ラグビー協会と密接に連携を取っていくことは必然になってくる」と語った。

まだ未定ではあるものの、日本代表の新ヘッドコーチ、ジェイミー・ジョセフ氏とも連携を取っていきたいという。「サンウルブズのヘッドコーチは日本代表のヘッドコーチと密接な関係を保っていかなければならないと思います。ニュージーランドでは、オールブラックスのコーチは必ずスーパーラグビーのすべてのコーチと連携を密にしています。それが彼らが勝ち続けている理由の一つでもあると思います」と母国を例に挙げた。

メンバーは堀江翔太、山田章仁(共にパナソニック ワイルドナイツ)、立川理道(クボタスピアーズ)、大野均(東芝ブレイブルーパス)ら昨年の「ラグビーワールドカップ2015」メンバー10人や、トゥシ・ピシ(サントリーサンゴリアス)、エドワード・カークといったスーパーラグビー経験者など、34名が選出されている。メンバーの追加について、ハメット氏は「可能性はある」とし、「バックアップスコッドを整えていくことが非常に大事」と語る。

「バックアップスコッドに選ばれた選手たちが、本当のスコッドの選手たちと一緒になって練習することは彼らにもメリットがありますし、スキル向上にもつながると捉えています。もちろん選手がけがをした時のバックアップとしても大事ですし、バックアップの選手たちがいいパフォーマンスをしてくれれば、翌年契約することも充分に見えてくると思います。サンウルブズは1年目なので、すべての仕組みが最初から整うことはないと思いますが、ぜひ仕組みを持つべきだと思います」

■大観衆は大きなエネルギーを与えてくれる

休憩を挟んで行われた第2部では、参加者とハメット氏との質疑応答が行われた。以下はその要旨。

——何をもって今年の成功としますか?

「今年に関しては、選手たちの学びの部分が大きいと思います。それはフィールド内だけでなく、外の部分にも言えることで、たとえばスーパーラグビーは遠征が多く、毎週毎週トップマッチレベルの試合をこなしていかなければならない。選手たちがそれを経験し、1人1人が何らかの形で成長していって、スーパーラグビーにもっとなじんで力を出していければと思います」

——(元日本代表ヘッドコーチ)エディー・ジョーンズさん時代のハードワーク、早朝練習などは行うのでしょうか?

「ラグビーワールドカップは本当に特別なイベントだと思うんですね。そこを戦い抜くために、エディー・ジョーンズさんは限られた日数の合宿期間でやるべきことが何かと考え、あのような練習をしたのだと思いますが、決して長く続けられるものではありません。ラグビーはただでさえ非常にフィジカル面で厳しく、メンタル的にも強いものがないとなかなか長くできない競技です。ワールドカップイヤーとなると、あれぐらいのことが必要だったのではないかと思いますが、一方でスーパーラグビーはまた違うタイプの戦いになってきます。

サンウルブズは1シーズンで140日間ほどチームとして活動しますが、その中の83日間が遠征になります。8時間以上の移動が15回以上あるため、選手たちには日本に帰ってきた時には家に帰って、家族や愛する人ときちんと時間を過ごしてもらいたい。そうしたバランスを取りながら、やっていきたいと思っています」

——ニュージーランドのように、ラグビーを国民的スポーツにするためのアドバイスをいただけませんか?

「南アフリカ戦の勝利のようなことが、日本でラグビーを普及させていくのに一番効果があると思いますが、日本では2019年にラグビーワールドカップもあるので、今回のスーパーラグビーへの参戦も大きなプロモーションになるでしょう。“最もタフな大会”と呼ばれるところに加わっていくのですから、そこで成果を出すということがひとつ普及につながると思います。

さらに言えば、もっと子どもをフィールドに連れていくことだと思います。日本では中学生、15歳くらいからラグビーを始める人が多いと聞きました。ニュージーランドでは、そこらじゅうにスペースがあるので、小さな子どもがすでにラグビーボールを持って遊んでいます。小さい子どもがラグビーと触れ合える機会を作るというのも、ひとつあると思います」

——2019年のラグビーワールドカップまでに日本が強くなるために、サンウルブズはどのような影響を及ぼすことができるでしょうか?

「サンウルブズが日本代表に与えられる影響は多大だと思います。例を挙げますと、アルゼンチンがザ・ラグビーチャンピオンシップに参戦して4年目になりますが、初めはばらつきのあった戦い方が、今では非常に一貫性が出てきたと思います。その結果、去年の「ラグビーワールドカップ2015」ではアルゼンチンが準決勝まで勝ち残りました。これが何よりも、選手たちあるいはチームがトップの戦いに加わっていくことの大切さを物語っていると思います。サンウルブズが参戦することによって、スーパーラグビーで日本がそれと全く同じことを成し遂げられると思います。4年前、アルゼンチンは本当にもがいていたと思うのですが、今では競争力を備えています」

——試合で勝つための要素に観客数は関係ありますか?

「それは間違いないと思います。やはり選手は大観衆の前でプレーをしたいと思います。それが応援してくれるファンであれば、本当に大きなエネルギーを与えてもらえますし、応援してくれる人たちの前でいい試合をしたいというのが選手の気持ちです。勝敗に関係なく、これから始まる試合全部で秩父宮ラグビー場が満員になってくれることを期待しています」

■あなたにとってラグビーとは?

「ニュージーランド人として生まれて育った以上、DNAのどこかにラグビーがあります。受け継がれているものがあるため、考えなくてもどうやってラグビーをするのか分かっていますし、それが何かとあらためて聞かれると、なかなか難しいですね。

ただひとつ付け加えるなら、私にとってラグビーとは、人に教える機会を与えてくれたものだと思いますね。何かを教えるには、自分が学ぶことを怠ってはいけません。むしろ学ぶことが好きでなくては、人にものを教えることはできない。自分にとっては、ラグビーそのものが教室で、いろいろなことを生徒たちに教えることができる場だと思います」