ラグビーブームの今こそ進めたい価値向上
TLサントリーのプロモーション戦略
公益財団法人港区スポーツふれあい文化健康財団と、公益財団法人日本ラグビーフットボール協会が主催する「みなとスポーツフォーラム 2019年ラグビーワールドカップ(W杯)に向けて」の第65回が8月31日、東京都港区のみなとパーク芝浦内「男女平等参画センター(リーブラ)ホール」で開催された。今回の講演者は、サントリーサンゴリアスの選手としてエディー・ジョーンズ監督、清宮克幸監督らの下でプレーし、引退した現在は同チームで広報兼普及担当を務める田原耕太郎氏。運営の最前線に立つ田原氏によって「ジャパンラグビー トップリーグチームの活動紹介」というテーマで語られた。
■内部の人的資源を活用した普及活動
ジャパンラグビー トップリーグで優勝3回、準優勝4回を誇る強豪サントリーサンゴリアス。その組織図を見ると、強化グループと運営グループの2つに大きく分けられる。監督を中心とする強化グループはとにかく勝利を追求し、トップリーグと日本選手権の2冠を目標に活動。対して田原氏属する運営グループは、ラグビーの普及や次世代育成、広報と集客、ファンクラブ運営から予算管理といった業務を担っている。
なかでも特に普及活動が重要だと語る田原氏から、会場に「昨年のプロ野球、Jリーグの優勝チームを答えられる人はいますか?」との質問。しかし手はまばらにしか上がらない。「選手がすごい大変なトレーニングをしてやっとつかんだタイトルも、時間が過ぎたら(世間は)覚えていないんです」。
加えてトップリーグを取り巻く環境について、田原氏が脅威だと語ったのがスーパーラグビーの存在だ。世界的スター選手のプレーを目の当たりにすれば、トップリーグの質に物足りなさを覚えるファンも現れるだろう。「勝つことを追求しつつ、違う軸で新しい価値を作っていかないといけない。サンゴリアスの人材を活用して、これをやっていく必要があると思います」。
そこでサンゴリアスは、管理栄養士やカメラマンといったチーム内のノウハウを活用し、ラグビーを身近に感じてもらうイベントを実施している。特徴的なのは社内外の他コミュニティと連携した企画が多い点だ。食育セミナーは、ラグビースクールの最中に手持ち無沙汰な保護者を対象に行われているし、撮影会は女性向け媒体「DRESS」とのコラボで実現した。他にもサントリー社の商材として「タグラグビーによる社員研修」が導入されたり、チームの女性ファン、通称「ゴリ女」向けにハーブのワークショップを開催したりと方向性はさまざま。田原氏は「サンゴリアスを好きになってもらうため、とにかくチームの門戸を開かないといけない」と力を込めた。
■選手に対するキャリア支援
続いて話は選手へのキャリア支援に及んだ。多くの選手が仕事とラグビーを両立させているが、「ベテランになるにつれ現役後の不安が大きくなる」と田原氏。自身の経験も踏まえ、不安解消には「選手の頭を整理する」ことが重要だと言う。
「ラグビーを通じて得られる多様性、責任感、役割、チームワーク、規律、応用力などの能力は、ビジネスで通用しないわけがありません。これをキャリア形成に明るい会社の人事部担当者から伝えてもらうと、選手たちは自信を持ち、仕事とラグビーの両立がすごくうまくいくんです」
エディー氏が考案したサンゴリアスのチームスピリッツ「PRIDE」「RESPECT」「NEVER GIVE UP」をまっとうすればもう立派な社会人だと、田原氏は選手にいつも説明しているそう。「現役選手がラグビーで養ったノウハウを職場でも活用して、会社の即戦力になる。こうなればチームの勝ち負け以外にも会社がラグビー部を持つ価値が生まれます。こういうアプローチができるのは企業スポーツの強みです」
■トップリーグならではの強みとは
また田原氏が危惧するのが、ラグビーワールドカップ2015における南アフリカ代表戦の劇的勝利で生まれた昨今のラグビーブームによる成功体験だ。“二匹目のドジョウ”を探す声にこう警鐘を鳴らす。
「もうすぐ日本大会まで3年を切ります。南アフリカは強いです。次いつ勝てるんですかと。これだけを求めるのは、僕はすごく危険だと思うんですよ。もちろん勝つことは素晴らしいし、勝たないといけない。でもそれは本当に大変なことです。またエディーさんみたいな優秀な監督はそうそういないです。じゃあ、何をしないといけないのか」
チーム母体であるサントリーの主力商品、プレミアムモルツを例に考えてみる。
「工場で研究者の人たちが一生懸命頑張って素晴らしい商品を生み出します。矢沢永吉さんなど有名タレントを立てて、プレミアムモルツとしてしっかり売り出すわけです。(ラグビーも)全く一緒なんですよ。
世界最高のビールを作るっていうのは、さっき言った強化グループの役割で監督やキャプテンを中心にチームがやること。その商品をどうやって売るか、これは僕ら運営グループの仕事です。そして共通の問題を持つ協会と一緒にやっていかないといけない。どれだけ良いラグビーをしたって、誰も知らなかったら意味無いです。またどんなにいいものでも必ず飽きられます。常に改善していかないといけない」
では、そのマーケティング知識はどこにあるのか。トップリーグに参加する企業を見ると、サントリー以外にもライバルのパナソニックを始めトヨタ、キヤノン、リコー、東芝といったそうそうたる大企業が並んでいることが分かる。
「ここにそのノウハウは絶対あるんですよ。にも関わらず連動していないというのが、今トップリーグが持つ可能性であり、問題じゃないかなと思います」
経済の先行きが不透明な現代、企業スポーツの5年後は見えづらい。まだ体力のある今こそ仕組みづくりを進めるべきだと訴えた田原氏。ファンには好きなスポーツへ投資する感覚を求めた上で、期待に応えられるよう「強化グループは『勝ち』を、僕ら運営グループは『価値』を追求していく」として、第一部を締めくくった。
■企業スポーツの功罪
講演に続いて、田原氏と司会の村上晃一氏、そして来場したファンとの質疑応答が行われた。以下は質疑応答の要旨。
——今シーズンからトップリーグの入場料が値上げされたことについてどう考える?
「(入場料収益は)一度ラグビー協会に集められてから経費を除いた分が各チームへ配分されます。(昨シーズンまで)チケットが安かったというのは、そもそも企業スポーツという設立背景から、社内で使いやすいように設定されていた、という経緯があります。(その歴史から値上げは心苦しいが)ただディズニーランドがいい例ですけど、良くするには投資が必要で、お金がかかります。企業に頼って出来る範囲には限りがあるかなと」
——海外のスポーツでは入場料収入以外にも、スタジアムでお金を使ってもらえる。秩父宮ラグビー場には何もなく、お金を落としてもらえない。
「海外だと試合の2時間前にはお客さんが来て、飲んだり食べたり、2時間分のお金を落とすわけです。(19年のW杯では日本でもそういうサービスが必要になるが?)そこにはいろいろな問題がありますけど、W杯というのはそういう面を変えるチャンスかなと思います」
——強化グループと運営グループの連携はうまく取れているのか?
「うちは去年9位ですから、まずは勝つことを求めるタイミングなのかなと。(普及活動は)選手の負担になる部分もありますので。勝っている強いチームが子どもを教えるというのが理想ですね」
■細部まで詰めるエディー監督、センスの清宮監督
——(サントリー監督だった)エディーさんの下でプレーしたことで、引退を決心したと聞いた。
「1年は選手として、1年はスタッフとしてエディーさんと一緒でした。選手はどこかで区切りを付けないといけないわけですが、当時ジョージ・グレーガンっていう(オーストラリア代表の)すごい選手がいて、(現代表SHの)日和佐(篤)も入ってきて、次のステージに進むタイミングだと考えていました。
エディーさんがまだスポットコーチで来日してるとき、Bチームで試合に出てる僕のところに来て『この前の試合、良かった』って言うんです。絶対見てないんですよ?(笑)でも選手はうれしいんです。そこのケアがすごい。この人の下でスタッフをしたいなと思って、エディーさんに話して次の年にマネージャーをさせてもらいました」
——実際にエディーさんの下で働いて、どういう面が勉強になった?
「エディーさんが一番すごかったのは、ストーリーを作ること。逆算するんですね。一度マネージャー時代にこういう事がありました。11月くらいに突然『日本選手権の過去の決勝の平均温度を調べろ』と言われるんです。そのシーズンは決勝が3月末くらいでした。
そしたら次の週に当時のジョン・プライヤーS&Cコーチが暖房をガンガン付けて、ゴミ袋被ってウエイト(トレーニング)をしてるんですよ。なぜかって、決勝はその気温でやらないといけないから。11月から準備していたんです。エディーさんは、勝つために1%でも効果がありそうなことは絶対やりますね」
——エディーさんは細部までこだわると有名だ。清宮監督はどうだった?
「清宮さんはセンスです(笑)。例えば、今ある素材でうまいもの作れって言われたら、清宮さんは抜群にうまいものを作るんですよ。いろんなことをしてうまいものを作る。でもそれは清宮さんしかできないんです。清宮さんがいなくなったら、何の調味料を入れたのか誰も分からない。
エディーさんは自分で仕入れに行って、一流の素材を、一流の料理人を連れて来て、そこにプレッシャーをかけて(笑)、これでまずくなるわけないと(いう環境を整え)、そういうアプローチをします。だからどちらが良いとかじゃなくて、本当に2人とも勉強になりました。でもエディーさんの方がスタッフは大変ですね(笑)」
——ラグビーの競技人口底上げのために必要だと考えることは?
「日本のスポーツのシステムで一番問題だなと思うのは、5歳からラグビーを始めたら、そのままずっとラグビーなんですよね。僕も、もしかしたらバスケットボールをやっていたらすごく良い選手になれたかもしれない。でも試すタイミングがないんです。
ニュージーランドだと夏はラグビーをやらないで、違うスポーツをやって刺激を受けて帰ってくる。帰って来ない人もいますけど、それは行ったり来たりなので、そういうことをやればいいなと思います」
——トップリーグはセブンズとどのような関係性を築くべきだと考えている?
「世界的にはセブンズとユニオン(15人制)を分けよう、特化させようという流れがあるんですが、プロ化している海外と企業スポーツの日本は背景が違います。なので日本のベストが何か探していくべきだと思います。ただ15人制に戻ってきた時、選手がつらい思いをしないようにしないといけないですよね。(トップリーグも)勝たないといけないですから、コンディションも含めて正直難しいところですね」
——では、ヒト・コミュニケーションズ サンウルブズとはどのような関係性を築くべき?
「そこが日本ラグビー界の抱えている問題で、優先順位を付ける必要があります。資金力を含めたパワーはトップリーグの方が上、でもカテゴリーとしてはサンウルブズが上です。選手はどっちに軸足を置くのかと。代表も含めれば1年中プレーしている選手もいますが、どこで抜くのかちゃんと考えてあげないと。
そうすると(優先順位は)代表、スーパーラグビー(サンウルブズ)、やっぱりトップリーグは一番下なんですよ。だからさっきもお話したように、勝つことだけ、選手のパフォーマンスだけではなく、トップリーグの違う形の価値を追求しないと(いけない)」
■あなたにとってラグビーとは?
「人間として成長させてくれるものです。ラグビーを通して1人では何もできないということを学びました。選手には個性があって、僕なんて体が小さい(171センチ)ですから、2メートル近い相手選手が向かってくればどう考えてもふっ飛ばされるわけです。その代わり違うことでチームに何か貢献しなくてはいけない。それはラグビーの大事な要素で、だからラグビーは仲間意識やチームワークが生まれやすいんですね」