公益財団法人港区スポーツふれあい文化健康財団と、公益財団法人日本ラグビーフットボール協会が主催する「みなとスポーツフォーラム ラグビーワールドカップ2019に向けて」の第67回が10月20日、東京都港区のみなとパーク芝浦内「男女平等参画センター(リーブラ)ホール」で開催された。今回の講演者は、ラグビー日本代表の新ヘッドコーチ(HC)、ジェイミー・ジョセフ氏。現場トップの立場から、「日本代表について」というテーマで強化方針や課題などが語られた。

 

「平尾誠二さんがお亡くなりになったという知らせを本日聞いた。まずは一緒に黙とうを捧げさせてほしい」

 

53歳の若さで亡くなったラグビー元日本代表監督の平尾誠二さんに対し、ジョセフHCからこのようなコメントがあり、今回のみなとスポーツフォーラムは全員での黙とうからスタートした。

 

9月に日本代表の新ヘッドコーチ就任が発表されたジョセフHCは、まず簡単な自己紹介から講演を開始。生まれ育った故郷・ニュージーランドの風景を写真で披露しながら「私の母にはたくさん家族がおり、父の方にも11人の兄弟がいて、本当に大きな家族のもとに私は生まれた。祖父が家族経営の農家をやっており、非常に広大な土地で農家を営んでいるにぎやかな家族だった」と自身のバックグラウンドを来場者へ紹介した。

 

次に自身のキャリアについて。「オールブラックス(ニュージーランド代表)はニュージーランドのすべての子供が憧れるチームだ。全国の人々が応援するチームの一員になりたいと、5歳のころから憧れていた」との思いを語りながら「夢をかなえることができたのは本当に幸運なことだった」と目を細めた。その後、ジョセフHCは1999年に平尾誠二氏に誘われ日本代表のメンバー入りを果たす。「正直に申し上げると、自分がオールブラックス以外の国の代表になるとは思ってもいなかった」と話しながらも「平尾さんが声をかけてくれたから決断した。当時私は25歳で妻も若かったが、今まで私がした決断の中で一番良いものだった」と日本代表入りの経緯を振り返った。

 

その後コーチとしてのキャリアを開始したのは2003年。「本当にたくさんの人に助けられてここまで来た」と感謝の言葉を述べつつ、特に支えとなった5人を挙げた。1人目には父を挙げ、「選手として国内トップクラスにいて、248試合ほどプレーした。その後指導者になり、オールブラックスのコーチとしてチームを率いたことがある」とコメント。続いて3名のオールブラックスのコーチ、ローリー・メインズ、ゴードン・ハンター、トニー・ビルバードの名前を挙げる。それぞれに優秀な指導者だったことを紹介しつつ、多くの指導方法を学んだと振り返った。最後に挙がった名前は、宗像サニックスブルースの社長である宗政伸一氏。「私が日本を好きになる理由や影響を本当に大きく与えてくれた方」と、宗政社長との出会いが大きなターニングポイントだったことを強調していた。

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その後、話題は日本代表の強化方針についてに及ぶ。HC就任にあたり真っ先に思い浮かんだのが「代表のジャージを着て日本代表として戦う価値を築いていくこと」だったと言う。日本で開催されるラグビーワールドカップ(RWC)が2019年に控えており、「日本の未来には非常に大きな光があると思っている」と期待感を示した。

 

日本代表のチームを築いていく過程に関しては、「エディー・ジョーンズHCがRWCで十分に戦える選手を育てた」と現在地を表現。その上で、「私のチャレンジは、全く違った形になる。次のRWCに向けた準備だ」と自身の考えを明かした。

 

日本の課題については、スーパーラグビーに参戦していることに触れつつ、「1人の選手がスーパーラグビー、代表、トップリーグに出場したら年間45試合ほど戦うことになり、これはラグビー選手としては多すぎる。私の任務は、スーパーラグビーと並行して、いかに適切で効果的なプログラムを作っていくかだ」と意気込みを語った。

 

また、アルゼンチン戦に向けて新たに招集したメンバーについても言及。昨年、RWCで目覚ましい活躍を見せた日本代表だが、「南アフリカ戦のメンバーから16人の選手が今回はいない」とコメント。「本当に若いチームになり、その分経験も不足してくる。コーチとして、そのようなチームを率いるのは非常にエキサイティングだが、若い選手たちに自信を植え付けながら、代表チームとしてプレーをする時間を作っていきたい」と考えを述べた。

 

続いて、具体的な強化策も少しだけ紹介。「成功の鍵は一つだけ」として挙げたものは「選手との方向性の一致」。「コーチとプレーヤーが同じ目標・目的に向かって進んでいけるかどうかが非常に重要である」と持論を展開しつつ、選手招集基準として「リーダーになれるか」と「学ぶ力があるか」の2つを重要視したと説明。「戦略を選手たちに落とし込み、自信を持ってプレーするために練習を効果的なものにしたい」と力強く語った。

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講演に続いて、来場したファンからの質疑応答が行われた。以下は質疑応答の要旨。

 

――ジャパンの最大の強みはどこだと感じていますか?

 

昨年の日本はルースフォワード(FWの第3列)が強みだった。ただ現状、今シーズンはこういった選手がいない。継続して伸ばすのではなく、新しい強みを作っていきたい。具体的には、相手より少しでも速いプレー、早い対応、アンストラクチャー(崩れた局面)を生かしていく部分だ。

 

――アンストラクチャーを実現するために、プレー選択はどのようにし、どのように指導していくのか?

 

まずディフェンスだが、相手からボールを取り返してアタックに転じるためにやることが肝だ。プレーヤーはディフェンスをしながら、どこにチャンスがあり、どこでチャンスを作り出せるのかを見ながらボールを奪う事が必要だ。

 

その上で必要なのは取り返す自信。どこであろうと隙あればボールを奪いアタックに転じる。スペースがあればアタックし、なければキックで攻め込むというマインドをプレーヤーに持ってもらうことが重要だ。

 

実際にはフィールド上すべての選手に役割がある。一見カオスのように見えても、一人ひとりに課せられた仕事があるので、そこをしっかりとコーチングしていきたい。

 

――ディフェンス能力とアタック能力、どちらを重視しますか?

 

非常に良い質問だ。自陣で長くディフェンスするのは好ましくない。フィールドポジションがとても大事なので、フィールドの真ん中からその先にいかに進んでいくかが重要になってくる。日本のラグビーは一つのプレーに力を費やし過ぎて疲労してしまい、1本のミスで一気に相手の攻撃に転じられ失点するシーンをよく見る。いつも残念だなと思って見ている。

 

――選手時代の日本代表の印象は? また日本のHCになってみて変化はあったか?

 

選手時代は非常にどの選手もコミットする選手だと感じた。年数を重ねるにつれて日本には頭の良い選手が出てくると思っていた。その中の代表が廣瀬選手だ。99年のRWCの直前にサモアに勝利したが、本当にどの国もRWCに向けてベストの選手をそろえてくると感じた。

 

今の日本代表の選手は1対1は十分ではないが、いくつかの選手と話すと、昨年のRWCへの準備がハードだったという。まだ昨年のメンバーはRWCを引きずっているというのも感じている。

 

――フィジカルが一定に達しなければ強豪とは戦えない。フィジカルの目標数値などは個別に示しているのか?

 

目標値は今後作ろうと思う。なぜならフィジカルは必ず必要だからだ。ただし、全ての時間をここに費やすつもりはない。もともと身体が大きな人と戦うには限界があるので、スキルや役割分担、リーダーシップ、マインドセットのところに時間を割きたいと思っている。

 

――日本がW杯で決勝トーナメントに入るためには何が足りないと感じているか?

 

正直に言うならば欠けている部分はいろいろある。一つ話すならば経験値だ。現在の代表メンバーは昨年から16名も変わっているが、経験値のギャップがあるのは明らか。2019年にこれを変えなければいけないが、このメンバーがRWCのメンバーに入るかはまだ未知数だ。そして今回入っていない選手や、16名の選手が入ってくるかどうかも未知数なところがある。

 

――キッキングについてもう少し考えてほしい。ジャパンの15番の第一候補選手は誰か?

 

このポジションは3~4名の候補を考えている。その中で笹倉(康誉)は良い状態だ。五郎丸(歩)がいないという事は残念。なぜならチームには経験や自信も必要だから。ただ、新しい選手もいるので機会も与えたい。

 

――キッキングゲームに力を入れるとのことだが、ドロップボールについてはどのように考えているか?

 

非常に必要なスキルだが、テストマッチではなかなかそのような場面が出てこない。ただ、選手には持っていてほしい引き出しの一つだ。プレッシャーがある中で蹴ることができるという選択肢は、持っていていい。接戦の時にドロップボールを蹴るかどうかは状況を見ながらやっていきたい。ラグビーは楽しむ要素も必要なので、そういう意味でも必要なプレーだ。

 

――日本代表がオールブラックスのような憧れのチームとなるために一番大事なことは?

 

まずやらなければいけないのは、エキサイティングになるようなプレーだ。勝っても負けてもしっかりとやりぬく。ストラクチャーできなければ遂行できない。ニュージーランドはそこができるし、歴史を重ねた厚みもある。ニュージーランドと日本はなかなか比較できないが、やるべき仕事をしっかりとやれば結果はついてくると思う。

 

――ファンに求めるものはいつも温かく見守る姿勢? 熱狂的で厳しい姿勢?

 

われわれのようなチームにはファンの存在が大事だ。ラグビーの試合は特にだ。チーム側がやらなければいけないのは皆さんにエキサイティングになってもらう事。見ていてワクワクしてもらう。みなさんから良い応援、活力があると試合もエキサイティングになるし、そういう活力をもらえるのはファンからだ。

 

――あなたにとってラグビーとは?

 

ラグビーは私の人生だ。父からラグビーを教わったし、もともと家族がラグビー一家だった。ラグビーだけでなく、スポーツそのものが人生の一部だといえると思う。ラグビーが私の人生をいろいろなところに導いてくれたと思っている。家族にも出会わせてくれたし、日本でもまた家族のような存在の人ができた。去年もラグビーがあったからいろいろな国を150日ほど旅することができた。

 

同時に自分の職業でもあり、14年間ラグビーコーチとして生活している。プロのラグビーコーチになっていなかったとしてもラグビーには深く携わっていたと思うよ。

 

――平尾誠二さんの訃報を聞いて。

 

たくさんの良い思い出が平尾さんとはある。一つあげるとしたら、あるテストマッチのときに、私が日本語をしゃべれないので、平尾さんがモチベーションをあげるためにいろいろと発破をかけてくれた。それも、言葉が通じないので、わざわざ手紙を書いて。今でもよく覚えているよ。