「トレーナー」と聞いて皆さんは何を想像するだろうか?トレーニング指導をしたりコンディショニング、ケガの予防・応急処置・リハビリのサポートなどをしたりする方々が頭に浮かぶのではないだろうか。
我々マッチオフィシャルの世界にも「トレーナー」という資格を有する方々が存在する。日本には現在2名の「トレーナー(マッチオフィシャル)」がいる。元トップレフリーの、谷口弘さん、加藤真也さんである。今回は菅平で開催された「The developing Match Official (Level2)」コースをデリバリーされていたお二人に「トレーナー」についてお話をうかがった。
– ワールドラグビーの「トレーナー」とは一体どのような役割になりますか?
加藤:資格取得を目指すレフリーに対して、ワールドラグビーの教育プログラムをデリバリー(講師役として提供する)し、認定のための評価をする役割を担うエデュケーターという役割があります。
マッチオフィシャルに関わるエデュケーターは国内に17名います。そのエデュケーターの活動を見守り、フィードバック・評価などを行うのがトレーナーの仕事の1つとなります。
トレーナーでしか認定できない資格もあります。また自身がエデューケーター役となることもあり、レフリーに対して直接デリバリーする機会もあります。
他にも、レフリーのコーチとして活動する方に対してデリバリーするようなこともトレーナーの仕事となります。
– なぜお二人は「トレーナー」になったのですか?
谷口弘:誰にも負けないラグビー(マッチオフィシャル)に対する情熱と感謝の思いがあったからです!!!そして、貴重なラグビーライフを与えてくれた日本ラグビー協会に恩返しをしたいといった気持ちがあったからです。
2008年に日本協会公認A1レフェリーを46歳で引退し、CMO活動を展開している中、2011年2月にCMO(旧CMO-L2)の資格を取得させていただきました。
2012年7月にマッチオフィシャル・エデュケーターの資格を取得後、13年近くレフリーとCMOの育成に微力ながらお手伝いをさせていただいてきました。
2023年頃、マッチオフィシャル資格認定の環境を“更に整備・進化”していくために、国内に新たなトレーナーを育成することが求められました。ちょうどその時、長年の経験を評価いただき、2024年2月に日本で開催された「ワールドラグビーにおけるトレーナー講習会」に召集していただきました。
日本協会公認A級レフリーとして活躍していた若手代表の加藤さんと、CMOではベテランの域に入っていた小生の2名が選出され、3泊4日の長く厳しい地獄の講習会に参加することになりました。ワールド・ラグビーから派遣されたマスタートレーナーから毎日厳しい御指導(愛の鞭)を受け、なんとかトレーナーの資格を取得させていただきました。
加藤さんは次世代の柱となるべく選ばれた人材です。小生は加藤さんに続く新たなトレーナーが日本から選出されるまでの“繋ぎ役”になれたらと思っています。
加藤: 谷口さんは、エデュケーターとしてかなりの実績を積まれていたので、当然の人選だったと思いますが、私は当時エデュケーターとして活動しているメンバーの中では比較的年齢が若かったため、次の世代という視点があって選んでいただいたのだと思います。
– トレーナーになるにはどうすればいいのでしょうか?
加藤:まずはエデュケーターの資格を取り、資格認定講習でデリバリーする実績が必要です。その中で選ばれたメンバーが、さきほど伝えたトレーナー資格を取得するための講習会に参加します。4日間ほどの講習会になります。その場で、さらに上位資格であるマスタートレーナーから能力が達していると評価されればトレーナーとして認定されます。認定されても2年の間に1度は更新のためにマスタートレーナーの評価を受けることが求められます。
この認定のための講習は、日本で行われるのは数年に1度で、プレーヤーコーチや、試合運営に関する役割などのトレーナーやエデュケーターを目指す方々と一緒に行われます。マッチオフィシャルとして参加できるキャパが限られてもいますので、その意味でも広く門が開かれている資格ではない状況と言えます。
– 「トレーナー」のやりがいや面白さはどういったところにありますか?
谷口弘:ワールドラグビーのデリバリースタイルは、受講者が五感を使って、身体全体で“基本と原理原則の理念”を身に着けることにあると感じています。
テクニカルに走るのではなく、原理原則を重視し、基本を再確認するところが根本にあります。
たとえばチェックリスト!長年、レフリーやCMOをしていると、頭では分かっていても、実際に声に出して明確に説明し、実践できる人は意外と少ないです。これを短時間の中で、いかに受講者へ落とし込み、体得させるかがトレーナーの技能といっても過言ではないと思います。
レフリーへの講習はエデュケーターが主体的に実施します。豊富なラグビー経験と知識に基づき、いかに受講するレフリーへ基本を体得させられるかが、エデュケーターの手腕・力量となってきます。的確なヒントを与え、エデュケーターに知恵を振り絞ってもらい、実りあるデリバリーができるようにサポートすることがトレーナーの役目でもあります。
デリバリーが上手く行き、参加したレフリー、そして、各セッションを担当したエデュケーターの満足そうな顔を拝した時、お互いの成長を感じる「満足感と達成感」が「やりがい」を感じる瞬間であり、面白みだと思っています。
加藤:ワールドラグビーのデリバリースタイルは、決してエデュケーターから受講者へ知識を伝えるというような一方通行のものではありません。受講者が考えて意見を出す機会や、実際に動いて練習する機会をたくさん作って行われるものです。気づきを促すような働きかけをしていきますので、受講者自身が何かを掴まれたような様子を見ることがやりがいとなります。そのためには、細やかな計画と同時に臨機応変さが求められます。
トレーナーとしてエデュケーターの活動を見る場においては、エデュケーターがそのようなやりがいの部分を求めながら試行錯誤する様子を見て、一緒に振り返りをしたり、そこから自身も学んだりするような機会があります。成長を促しながら自分も成長できる。やりがいはとても大きいです。
– 「トレーナー」を務める上での難しさは?
谷口弘:大切なことは「聴く耳を持つ」ことだと思います。自分自身のレフリーやCMOの経験はかえって邪魔になることもあると感じています。
つい過去の自分自身の経験を語り、教えたくたくなってしまいますが、これは押し付けであり、相手が共感してくれるはずがありません。
そのためには全体を鳥瞰するような観察力(ゲームやデリバリー)が重要と感じています。観察結果に基づき感じた課題や改善点は、本人が自ら気づくように仕向け、ポイントを絞ったアドバイスをしなくてはならないと思っています。
自らが「感じて!考えて!実行する!」ようなヒントを与えるサポートをしていかなくてはならないと思いますが、難しいと感じています。
加藤:自身もレフリーやレフリーコーチとしての経験があります。谷口さんが言及されたように、その経験から得たものを押し付けるようになってはいけません。ワールドラグビーの推奨する関わり方は、過去にはよくあったと聞く試合後などにレフリーに対して長時間お説教をするようなものとは違います。でも、その話の内容自体には普遍的で重要なことが含まれていたりもすると思います。
やりがいでも話したように、一方的に話をする訳ではない中で、一定知識を与えながら、相手がいろんなことに気が付くような場を作りだすのは非常に難しいことです。
– ラグビーとの出会いについて教えてください。
谷口弘:故郷を離れ、高校(東電学園高等部)に入学した時、楕円のボールに出会いました。
幼少の頃は地元のスポーツ少年団に入団しており、中学校までは柔道をしていました。中学2年で初段をとり、弐段の黒帯保持者です。
高校は全寮制の学校だったため、3年生に夜な夜な脅されて、恐々入部しました。入部2週間でレギュラーになり試合にデビュー。その後はラグビー一筋の高校生活を満喫してきました。ポジションは左フランカーで自称ハードタックラーでした。
高校卒業後はクラブチームでプレイを続けていましたが、度重なる怪我と脳震盪が癖になり28歳で現役を引退。その後は登山(冬山・ロッククライミング)、トライアスロン、フルマラソン、極めつけは陶芸とラグビーとは無縁の生活を送っていました。
加藤:小学生になる前頃、スポーツが好きだった私を、両親が何かのスポーツチームに入れようと探していました。当時は、その年代を受け入れてくれるスポーツが少ない中、京都で活動するラグビースクールがありました。老舗スクールである京都ラグビースクールに入ったのが出会いでした。中学生までそのラグビースクールに所属していました。高校・大学はラグビー部のある学校へ。そこから社会人ラグビーやクラブラグビーでプレーし、またチームの指導やレフリーをしました。ラグビーに出会い40数年になります。私は、スクール、部活動、社会人、クラブの中でプレーし、レフリーやレフリーコーチとしてリーグワン・トップリーグや各カテゴリーのラグビーに関わらせていただき、様々なラグビーに触れることができたのが財産になっていると感じることがあります。
– レフリーとの出会いについて教えてください。
谷口弘:ラグビーを退き5年ほどたったある日(32歳の頃)、同じ社宅に住んでいた上司の娘さん(当時小1でケーキより焼き鳥好きの変わった女の子)を預かり、秩父宮ラグビー場へ「全早稲田vs全慶応」の試合を観に行くことになりました。
そこでレフリーとしてピッチに立っていたのが、高校の2つ先輩の「桜岡将博」氏でした。実は会社も同じだったことから電話で試合を観戦したことを伝えると「レフリーをやってみないか?」と半ば強制的に誘われ(命令?)、ラグビーの世界へと戻ってきました。
現役引退後は「マッターホルンの頂上の十字架を抱きしめたい」想いから「のらくろ岳友会」という山岳会に入会し、登山活動を続けていましたが、ある年の正月、真冬の北アルプス「常念岳一の沢」で発生した雪崩事故で尊い3名の岳友を亡くしました。ちょうど捜索活動や後処理も終わった頃で、偶然足を運んだのが秩父宮ラグビー場で開催された「全早稲田vs全慶応」の試合だったのです。今考えると運命の瞬間だったかもしれません。
レフリーなら大怪我はしない・・・・といった勝手な理屈で家族を説得。レフリーへの道へと自他ともにのめり込んでいきました。でも家庭は犠牲にすることになり、母子家庭が始まりました。家族には本当に申し訳ないことをしたと反省しています。
桜岡氏の指導を受けながら、初めて笛を握ったのは33歳の時でした。44歳で日本協会公認A1になるまで、いろんな方にサポートしていただき、本当に貴重な経験をさせていただきました。
実は桜岡氏とは会社も同じで、会社を含めたグループ会社の幹部の皆さんに「レフリー後援会」を立ち上げてもらっており、そこに小生も招かれ、レフリーとして応援いただけるようになりました。これはとても大きな励みとなりました。年に2回の後援会(会食)に、時計やスパイクなどをプレゼントして頂いた恩は生涯忘れられない宝となっています。会社の理解(環境)はレフリング活動をしていく中で大切なものと痛感しています。
加藤:中学校の教員となり、ラグビー部の指導をするようになった際に、レフリングが必要な機会が出てきました。よく一緒に練習をしていた学校の先生(實川明彦先生)がレフリーとしても活動しておられた方で、基礎となる動きや面白さなどを教えていただきました。
B級レフリー資格(日本の資格)を取り、中学生以外の京都の試合にも指名いただき徐々に本格的に活動しはじめました。午前はラグビー部の指導、午後はレフリーというような休日を過ごす日が増え、その中で京都から関西圏といった感じで活動の幅が広がっていきました。転勤を機に軸足をレフリーの方に傾け、A級レフリーとして当時のトップリーグなどで全国的な活動をしていきました。
現役レフリーとしての活動に一線を引いたあとは、このトレーナーの仕事をはじめ、レフリーの後進育成にあたらせていただいています。他にも、転職によって勤めた会社のチーム(島津製作所Breakers)でルール面に関するアドバイスを送るなど、レフリングというものを取り巻く環境の中で活動をさせていただいています。
レフリーに出会ってから25年ほどが経ち、レクチャーするような場面が多い立場にはなっていますが、自分が学ぶことばかりです。その新たな情報や考え、シーンとの出会いが活力になっています。
– 全国のマッチオフィシャルの皆さんに一言いただけますか?
谷口弘:何よりも「謙虚」であってほしいと思います。そして最も優先されるのは「安全」です。
レフェリーには自分の笛で始まる試合で最高のパフォーマンスをするよう期待されていることを認識してください。
■ REFは厳しくあるべきだが横柄になってはならない。
■ REFはプレーヤーのモチベーションを理解できるように真摯に努めなくてはならない。
■ REFは観客、プレーヤー、コーチのプレッシャーに影響されないで適切に判断しなければならない。
■ REFは誠実さと品位を持ち、プレーヤー、コーチ及び観客から尊敬される模範的な人物でなければならない。
大切なのは人間性です。無責任な行動は許されません。最後まで「自覚と責任」をもって最高のパフォーマンスを出せる努力をしてください。そのためにCMOやEducator、Trainerがいることも忘れないでください。
日本ラグビーを強く愛されるものにするために、共に闘い、共に成長していきましょう!
加藤: 「一期一会やなあ。」 「ゲームは生き物。」長く私のレフリーコーチを務めてくださっていた三宅一先生がよくおっしゃった言葉です。毎試合、新たな場面との出会いがあり、思うようにいかないことがある。そう言ったことを表されていました。時を経ても同じことを感じます。いつになっても考えさせられるシーン、異なる視点での考え方、新たに課せられる課題などが現れます。レフリングについて取り組むことの魅力です。学び続ける必要があります。同じような魅力を感じて取り組まれている方もいらっしゃると思います。
ワールドラグビーのプログラムを受けることも大きな学びの1つとなります。機会があれば、ぜひ一緒にレフリングについて考えましょう。講習会などでお会いできることを楽しみにしております。
ワールドラグビーの教育プログラムを提供する「エデュケーター」とそれを見守りアドバイスする「トレーナー」。決して目立つ訳ではないがレフリー育成に大きく寄与する役割・仕事である。熱心に話をしていただくお二人の姿勢からは「ラグビー」 「レフリー」に対する大きな愛情を感じた。谷口さん・加藤さんが全国に撒いている種は将来きっと大きな花を咲かせることだろう。今回も私たちの知らないところで支えるUnsung Heroを発見することができた。