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【連載企画】Unsung Hero #6 〜PC(ピッチコントローラー) 〜

質問1:チームの指名人数が23名の場合、フロントローは何人いなければならないか?

質問2:出血したプレーヤーは一時的な交代ができるが何分以内にフィールドに戻らなければいけないか?

質問3:戦術的に交代されたプレーヤーが再びプレーに戻ることができるのはどのような場合か?

これらは選手の指名や入替に関する質問である。競技規則第3条に回答はあるが、全問正解できた方はどのぐらいいるであろうか?
ラグビーのマッチオフィシャルの中には選手の入替やベンチ・テクニカルゾーンの管理など、ピッチ外のコントロールを担当する方々がいる。従前は「第3AR(アシスタントレフリー)」、近年は「ピッチコントローラー」と呼ばれている。
「Unsung Hero」マッチオフィシャルを支える縁の下の力持ち。
今回は決して目立つことはないがラグビーの試合になくてはならない役割である「ピッチコントローラー」に焦点をあて、リーグワンでもその役割を務める高尾陽平さんにご自身の経験も含めお話をうかがった。

この日、宮城のQスタでPCを務めた高尾さん(右)と佐々木さん

ー高尾さんとラグビーの出会いやこれまでの関わりについて教えてください。

 私は高校入学後にラグビーを始めました。ちょうど私の世代はドラマ「スクールウォーズ」が流行していた世代で、高校生になったらラグビーをしようぜ、という空気感が周囲に自然に漂っていました。また、私の姉が菅平高原まで大学チームの夏合宿を見に行くほどのラグビーファンで、年末年始は自宅のテレビでラグビーをよく見ていたこともきっかけの1つでした。実は私の初の海外旅行は家族で行った香港セブンズ観戦ツアーでした。
 選手としては立派な成績を残すことはできませんでした。私の高校はまともな監督がいないチームで、週末にOBが時々見に来てくれるだけで、練習内容はいつも自分たちで考える、そんな状態でした。私は高校1年生の時から肩の脱臼に苦しみ、高校3年間でまともにプレーできたのは半分程度だったと思います。大学では違うスポーツにチャレンジしよう、とアメリカンフットボール部に入部しました。日本一を目指していた強豪チームで、100名を超える選手たちが無駄なく10分ごとに次々と練習をこなしていくシステマティックな練習環境に衝撃を受けました。アメフトでも肩の脱臼を繰り返したため、3年生でプレーヤーを引退し、学生トレーナーになりました。これらの経験は後に指導者になった時に役立っています。
 自分がラグビーやアメリカンフットボールを通して人間的に大きく成長できたと思っていたので、今度は指導者として同じことに取り組みたいという思いが強くあり、滋賀県の比叡山高等学校の教員になりました。ラグビー部はありませんでしたが、就職して4年目にラグビー部を作りたいという生徒が現れ、私がラグビー部を創部しました。その後、今までの約25年間、途中の数年間は合同チームで活動した時もありましたが、基本的にずっと単独チームで活動しています。現在も3年生が6名、2年生が22名(1年生は現時点では未定)、在籍しています。ほぼ全員が私と同じ、高校でラグビーを始めた生徒たちです。昨年秋の全国大会予選では県3位になることができました。

勤務校(比叡山高校)の昨年の菅平合宿のでの様子

ー高尾さんもレフリーをされていたと伺いましたが、なぜ始められたのですか?

ラグビー部の創部と同時に、C級レフリーの資格を取りました。ラグビー部の創部と初期の活動に周囲の高校の先生方がとても好意的に協力してくださったので、それに何かの形で恩返しをしたいと思ったことが理由でした。また当時の県のレフリー委員長にすごく褒められてその気になってしまったのも、レフリー活動に本格的に取り組むきっかけとなりました。数年後にB級レフリーの資格を取り、さらに高いレベルの試合を担当できるように努力しましたが、結局トップレフリーには手が届かず、その後県のレフリー委員長を任された後は、各種大会の運営や若手レフリーの育成が忙しくなり、自分のために使用できる時間は少なくなっていきました。

滋賀県の高校生の大会での様子

ー「ピッチコントローラー」の役割について教えてください。

 「ピッチコントローラー(PC)という呼び方は、まだあまり定着していないかもしれません。以前のトップリーグ時代は「第3AR」と呼ばれていましたし、今でも国際試合やリーグワン以外の試合ではそのように呼ばれています。第3ARは各試合を1人で担当しますが、国際試合やリーグワンでは各試合で各チームに1人が付き、計2名で担当します。役割を簡単にまとめると、ピッチの中で起こっていることはレフリーやARやTMOが判定し、ピッチへ出入りする人たちや周辺で起こることは私たちPCが管理する、ということになります。具体的な職務としては、試合中のチームのベンチの管理、テクニカルゾーン(チームの給水係やメディカル担当者がいるエリア)の管理、プレーヤーの交替や入替の管理、イエローカードや出血・HIAの時間計測等、多岐にわたります。

ー「ピッチコントローラー」との出会いは?

 2019年に日本でワールドカップが行われましたが、その約3年前に日本協会から全国の都道府県のレフリー委員長に「英語が話せるレフリーを推薦してください」という連絡が届きました。ワールドカップの試合を担当するレフリーやアシスタントレフリーは世界から選ばれたトップレベルの方々ですが、1次リーグのピッチコントローラーは開催国である日本人に担当させたい、ということで、その候補者を募集されていたのです。それに私が自分で手を挙げたのがピッチコントローラーとの出会いです。最初の研修会には全国から約50名が参加していましたが、その後継続的に行われた研修会を通して徐々に人数が絞られていき、最終的にワールドカップのピッチに立つことができたのは私を含めた4名だけでした。私は1次リーグの6試合を担当しましたが、朝から3時間目まで勤務校で英語の授業をして、その後ワールドカップの試合会場まで移動してPCを担当し、日付が変わる頃に帰宅する、という毎日はかなり過酷なものでした。しかし、どのスタジアムも満員で、外国から来られた観客たちが大きな声で歌を歌い、選手入場や得点が入った時の地鳴りのような大きな歓声は、これから先も絶対に忘れないと思います。

2019年のワールドカップで共にピッチに立った4名

ーやりがいは?

 試合中に私たちが注目されることは、まずありません。試合の中では私たちは完全に「黒子」です。しかし私たちはその業務の重要性にプライドを持っています。先ほどもお話しした通り、ピッチの中で起こっていることはレフリーやアシスタントレフリー、TMOにお任せして、私たちはその周辺で起こることに責任を持ちます。それはつまり、ピッチ上でプレーヤー等が激しく戦う以前の公平性を確保するということです。
 また私たちはレフリーやアシスタントレフリーが試合中に使用するインカムの設定確認やトラブルが起きた時の対応等も担当します。まずチームのプレーヤーたち、そしてレフリーやアシスタントレフリーの皆さん、ピッチ上の皆さんが、公正・公平な環境で活動できるようにさまざまな面でサポートすることが私たちの仕事です。そういう役割を担当させていただいていることに、大きな喜びを感じています。
 国際試合でもリーグワンの試合でも、無事に試合が終了してマッチオフィシャルの皆さんと笑顔で握手を交わす瞬間が、私は一番好きです。

ー難しさはどんなところにありますか?

 私は今でも1人のレフリーとして、自分のチームの練習試合のレフリーや県内の大会のアシスタントレフリーを担当したり、またレフリーコーチとして若いレフリーの指導を行ったりしますが、笛や旗を持ってピッチを走るレフリーやアシスタントレフリーとは全く異なる能力がピッチコントローラーには必要です。私は研修会等でその能力を3つにまとめて話をします。1つ目は「PCの職務に関する理解力」、2つ目は「高いレベルでのコミュニケーション能力」、そして3つ目は「さまざまな状況への迅速な対応力」です。
 笛を担当するレフリーには「微妙な判定」というものがあると思います。例えば、スティールが成功したように見えるが、それはタックラーが十分にロールアウェイしていなかったのでサポートプレーヤーの到着が一瞬遅れたから、のような場合は、非常に判断が難しい「グレー」な部分だと思います。しかし私たちPCの対応には、基本的にグレーな部分はなく、白か黒かしかありません。特に難しいのはフロントローに何かが起きた場合に発生するアンコンテストスクラムについての対応です。例えば、こんなケースを考えてみましょう。
フロントローの登録はルースヘッドプロップが1・17、フッカーが2・16、タイトヘッドプロップが3・18。前半10分に1にYCが出されました。さて、どうなるでしょう?数分後にスクラムが発生しました。さて、どんな対応になるでしょう?またその後、不幸なことに代わりに入った17にもYCが出されました。さて、どのように対応すべきでしょうか?
このようなケーススタディーを私たちPCは研修会の度に繰り返しています。さらにリーグワンの場合は通常の競技規則に加えて、カテゴリーA・B・Cの区別もあり、同時に試合に出場できるカテゴリーB・Cは計4名までと決められているため、それも考慮しなければいけません。さらに昨シーズンからは20分RCというルールも採用されています。試合は刻々と進んでいき、多くの試合がテレビで生中継されています。対応を間違うと、当然試合の結果にも大きな影響を与えます。私たちPCはそのようなプレッシャーの中で職務にあたっています。
 さらに例えば、チームの給水係がレフリーの許可を得ずに勝手にピッチに入った、とか、YCを受けたプレーヤーが実はHIAでもある、等、さまざまなことが試合中には起こります。それらにも私たちPCはマッチコミッショナーやマッチマネージャー、マッチデイドクターや放送関係者、そしてもちろんチームと協力しながら迅速に対応します。ある意味では私たちPCは、チームとレフリー、ドクターや大会運営役員の真ん中にいると言うこともできます。だから試合中は気が抜けないということもできますし、それがやりがいであると言うこともできると思います。

ー「ピッチコントローラー」の試合前の準備は?最も大切にしていることを教えてください。

 試合中に着用するシューズやウエア、そして試合中に使用するバインダーやストップウォッチ等を準備し、試合の数日前にメールで送られてくる試合当日のタイムスケジュールやスタジアム内の配置図を確認します。また、リーグワンなら48時間前に発表されるメンバーを確認して当日にどのような入替が行われるのかをイメージする等、すべきことは多岐にわたりますが、私が最も大切にしていることは「基本の確認」です。「キックオフ6分前にロッカーノックを行う」「ハーフタイムは15分間。後半開始3分前にロッカーノックを行い、後半開始からの入替の有無を確認する」「YCは10分間。カードが出された時点からプレータイムで計測する」「出血やHIAはマッチデイドクターの確認が必須。タッチラインの外に出た時点から実際の時間で計測し、出血は最大15分間、HIAは12分間きっかり。出血+HIAの場合は最低12分間、最大17分間」のようなPCとしての基本的事項を再確認します。どんな仕事でも同じだと思いますが、基本的な内容で間違ったり、自信のない対応をしてしまう人は信頼されませんよね。
 あと、細かいことですが、私は一緒に試合を運営する方々の名前を覚えて、試合中はそのお名前でコミュニケーションを取るように心がけています。マッチコミッショナーもマッチマネージャーも、マッチデイドクターもチームマネージャーも、もちろんレフリーもARも、その役職名で声をかけるのではなく、必ず名前を覚えておいてコミュニケーションするようにしています。試合は多くの人たちが協力して作り上げるものです。工場で製品を大量生産するのとは違います。その方のお名前で声をかけることは全てのコミュニケーションのスタートだと考えています。

試合前に高尾さんのバインダーを覗かせていただきました

ー全国のラグビーファンの皆さんへ一言お願いします。

 私はプレーヤーや指導者、レフリーとしては、全く目立たない、どこにでもいるような存在でした。そんな私がワールドカップのピッチに立ち、国際試合やリーグワンで仕事をさせていただいていることに、まず感謝を申し上げたいと思います。私が今の仕事をさせていただいているのは、決して私だけの力ではありません。
 全国の皆さん、ぜひラグビーを、これからも好きでいてください。そしてぜひラグビーを、続けてください。プレーヤーだけではなく、レフリーという道もあります。トップレベルのレフリーになることができなくても、ピッチコントローラーという関わり方もあります。チームや大会運営のスタッフという方法もあります。肩の脱臼に苦しんでいた高校生の私は、国際試合の国歌斉唱を両チームの真ん中で聞くことなど、全く想像できませんでした。続けていれば、さまざまな機会が訪れるものです。
 私はピッチコントローラーとして全国各地に行かせていただきますが、どのスタジアムでも本当に多くの方々が、それぞれの立場で一生懸命にお仕事をされている姿を拝見します。その度に頭の下がる気持ちになります。私の勤務校(比叡山高校)は仏教の天台宗の学校なのですが、その校訓のひとつに「一隅を照らす」というものがあります。私たちは皆それぞれ、この世界の中の片隅で生きています。その片隅を光で照らすように、自分の役割をしっかりと果たし、一生懸命に生きていれば、世界全体がより明るいものになる、という教えです。
 これからも私はピッチコントローラーとして一隅を照らし続けようと考えています。ぜひ全国の皆さんもそれぞれのお立場でラグビーのために一隅を照らし続けていただければ、さらに日本のラグビーの未来は明るいものになっていくのではないでしょうか。

「リーグワンのピッチコントローラーはとても難しい」
マッチオフィシャルの中でよく囁かれる文句だ。上述されているが、通常の競技規則に加えてカテゴリー枠が存在する。正しい入替なのかどうかを瞬時に判断し遂行しなければならない。シンビンになった選手の時間も計測しないといけない等々、時間とプレッシャーとの闘い。まさに職人技。
筆者も元レフリーだが現在のリーグワンでピッチコントローラーを担当することに正直、自信はない。
試合後には素晴らしい試合を見せてくれた選手やチームへはもちろん、黒子の職人にも暖かい拍手をいただけるとありがたい。