選手が上達するために手助けしてくれる存在としてコーチがいる。あまり知られていないが、レフリーの世界にも同様にコーチが存在する。CMO(Coach of Match Officials)と呼ばれ、国内CMOは国際競技連盟World Rugbyが認定をする公式資格を取得している。6月1日にジャパンラグビーリーグワンが閉幕したが、リーグを担当したパネルレフリーも漏れなくCMOとペアを組んでいる。
今回はCMOとしてレフリーを支える木村陽介さんに話を聞いた。
-CMOになるまでのバックグラウンドは?
若いレフリーが今後リーグワンを担当できるように育成していく方針がある中で、自身が2022-2023シーズンにレフリーを引退して、今までの経験も含めてコーチングできる機会に恵まれました。プレイヤー出身の滑川くんが活躍し、プレイヤーのセカンドキャリアにも注目が集まるなか、僕が引退したタイミングで近藤くんがレフリーを始めました。当初はコーチングではなく、サポートをするような形でスタートしましたが、居住地も近いこともあって日本協会から正式に近藤くんのコーチとしてアポイントメントがありました。
-現在、対象としているレフリーは?
近藤くんだけですね。僕がコーチングをする初めてのレフリーになってくれました。スポット的に大会で複数のレフリーに対してアドバイスのようなコーチングをすることはありましたが、長期間にわたって継続してコーチングすることは初めての経験でした。
-プレシーズンからリーグワン閉幕まで半年以上の期間、どのような流れでコーチングをしてきた?
彼自身がレフリーとしてのキャリアが長いわけではないので、毎回試合前にどういった準備をして、どういったことにフォーカスするか擦り合わせをしてきました。また、試合後には自身のパフォーマンスに対するレビュを行い、次に向けた課題を抽出する作業を繰り返してきました。経験が浅いので、コーチングだけでなく、ティーチングの要素も入れて成長を促すよう仕掛けてきました。ただし、闇雲にティーチングすると彼の良さが生きないし成長もないので、本人の気づきを大切に、コーチングとティーチングのバランスは意識をしています。
-やっている中でコーチングとティーチングの大きな違いは?
ティーチングは本当にレフリングの基礎、「これはこう」と決められた変わらないものを教えていくこと。コーチングはその基礎に基づいて、試合の中で判断の根拠になる部分や視点の持ち方などを本人に気づかせる、そういったマインドを持ってもらえるように、目印や道をレフリーとのやりとりを通じて、いくつか提示してあげることだと思っています。
-学校の先生とCMOの大きな違いは?
学校の授業だと対象が大人数なので、基準や照準を合わせることが難しいことが多いですね。ある程度、割り切らないといけない部分もあります。一方でCMOは基本1対1なので、比較的、その人にあったコーチング、ティーチングができます。ただし、人間関係や信頼関係が構築できていないとお互いに成長することは難しいのかなと思います。
-実際にコーチングするときは現地で?
僕自身がTMOを担当することも多く、現地に行けないこともあるのですが、自身の試合がないときは現地にできるだけ足を運ぶようにしています。今シーズンは近藤くんが担当する試合でTMOを担当することも多かったです。それでも難しい場合はオンラインを活用しています。試合の前後はオンラインMTGをしています。
-CMOとしてのやりがいは?
レフリー自身がうまくゲームをマネジメントできたり、前回の試合よりも成長した姿を見ることができたときは一つの大きな喜びですね。
-CMOとして求められることは?
コーチングするレフリーのことを理解すること、それは表面上だけでなく、バックグラウンドも含めて理解することですかね。そして現状からちょっと上の課題を与えられるか。例えば近藤くんはレフリーとしての経験は浅いけれど、高いレベルの試合を担当する機会を得ている。それは彼自身が評価されているからだけど、経験が浅いことで足りない部分もある。そこをどうやって補い消化しながら、次のステップに向けてチャレンジをしていくか。今の状況を理解して、いかに彼のための手助けになるかを考えています。
-コーチングを受けるレフリーに対してどういった姿勢であってほしい?
まずはコーチングを受けたことを飲み込んでほしいですね。ただし、それを鵜呑みにするのではなく、自分の中で取捨選択できる視点も必要かなと思います。あとはレフリー自身の考え方や判断が必ずしも正しい、とは思わないようにしてほしい。自信を持つことは大切だけど、疑うことも大事。そして素直になること。分からないことをわからないと言える、誤魔化すのではなくて。現状を受け入れながら、自身の成長を考えていくことが必要かなと思います。
-自身がレフリーのとき、どういったコーチングを受けていた?
色々なCMOの方にコーチングを受けてきました。たくさん気づきをもらうことも多かったです。ただ、自分自身で一つずつ消化することが大切で、CMOにやってもらうのではなくて、自分がまずはやらないとうまくならないと思ってやっていました。コーチの言葉はヒントであって、最終的には自分でどうするか。正直誰がコーチであっても、やるのは自分なので(笑)
-今後、どういったCMOでありたい?
担当したレフリーが日本ラグビーの中心を担ってくれる、そういったレフリーになれるようサポートができたらな、と思っています。
コーチの語源は「馬車」であり、歴史を紐解くと「大切な人をその人が望むところまで送り届ける」という意味で使われてきた。ただ教えるのではなく、気づきやきっかけを与え、目標に向かって伴走する。それがCMOである。パフォーマンスを発揮するレフリーの影にはそういった存在が欠かすことができない。今回も私たちの知らないところで支えるUnsung Heroを発見することができた。