「Strengthストレングス & Conditioningコンディショニング」それぞれの頭文字を取ったS&Cはラグビーの世界では馴染みのあるワードである。より強靭なフィジカルと怪我をしない為の体作りはラガーマンにとって欠かせない。
そんなS&Cコーチがレフリーの世界にもいる事を皆さんご存知だろうか?
2019年よりレフリーを対象にS&Cコーチとして活動している奥野純平S&Cコーチに話を伺った。
-スポーツとの関わり
小学校では地域のスポーツ少年団でサッカーをプレーしていました。同級生には後にJリーグでプレーした選手もいるような強豪チームだったのですが、小学5年生の時にスラムダンクとバスケットボールが大好きな担任の影響でバスケットボールもプレーを始め、中学校で完全に転向しました。高校へは県でベスト4の強豪校へ進学したのですが、当時は理不尽で軍隊的な指導を受けた影響もあり、腰の分離症やヘルニア等の怪我に悩まされ、大好きだった運動が嫌いになっていました。
そんな自身の体験からスポーツ科学をしっかりと勉強したい、という気持ちが湧き上がってきました。
-どのような進路に進まれたのですか?
アスレチックトレーナーの資格をアメリカで取得して、大好きなバスケットボールに関わる仕事がしたい、と強く思い自分で色々と調べました。
当時はインターネットが広がり始めた頃で大学のホームページを片端から調べては担当者にメールを送って資料や情報を入手していきました。1ドル90円台の当時は東京の大学に行くよりもアメリカの大学へ進学した方がお得な時代でした。
進学に必要なTOEFLも入念に準備して必要なスコアを取得し、ネバダ州にある大学へ進学することが出来ました。留学1年目は、大学アメリカンフットボールチームで1シーズンEquipment(道具、備品)マネージャーとして働く機会に恵まれました。
プレーヤーが困らないように、コーチが円滑に仕事をできるように、常に色々なことに気を配りながら仕事をした経験はS&Cコーチとなった今でも自分の基盤になっています。
S&Cコーチだからと言って自分の領域だけをやれば良いという風には考えておらず、組織の為に何ができるか、と言うことを常に模索しています。
-大学卒業後は現地でS&Cコーチとして活動されたのですか?
在学中は所属大学の様々な公式スポーツチームにてインターンとして経験を積み、卒業後(ワシントン州立大学へ編入、卒業)にNSCA-CSCSという資格とともにS&Cコーチとして活動を始めました。カリフォルニア州へ移り、プロ、大学、高校と様々なレベルのアスリートをサポートする施設で活動をスタートしましたが、アメリカ同時多発テロが起きた後で、留学生へのセキュリティーが一気に厳しくなり、ビザの延長がとても難しく1年で帰国することになりました。
-帰国後にS&Cコーチとしての活動が始まったのですね
それが日本へ戻ってきたものの全くネットワークや人脈が無く、横浜の高校で月に2回指導するのみで、2年間は殆ど仕事が無いような状況でした。運送会社で夜間の仕分け業務を終えて、早朝から6つ掛け持ちしていたコンビニで働くなんてこともザラでした。
-ラグビーの世界へ入ったきっかけ
2009年にトップリーグのチームが英語のできるS&Cコーチを探していました。ラグビーに関する経験は全くなかったのですが、ヘッドコーチが外国人になり、ヘッドS&Cコーチも外国人になるタイミングでした。当時としては珍しくGPSを活用したアプローチを進めていました。
-そしてレフリーの世界へ
当時のレフリーの皆さんは個々が独自の取り組みや準備をしており、正直なところ最初は何をやっていいのか、求められているのかが不透明でした。
ですが、協会やリーグが主導で基準を明確にする中でレフリーのマインドが変化してきました。皆さんと話をして現状が分かってきて、生活スタイルを考慮したり、時には大きく変化を促したりと、個々人に応じてカスタマイズしています。
-若手レフリーへ指導する機会も増えてきました
JRFUアカデミーレフリーや地域若手レフリーに関わる機会が増え、改めて早いタイミングで正しい知識を基に効果的に長いスパンでトレーニングしていく必要性を感じています。
例えば現在20歳のレフリーであれば、後20年間はレフリーを続けることができるでしょう。無茶はいけませんが、若い時には無理ができます。しかし、適切でないトレーニングやアプローチを続けると怪我をしてピッチに立つ時間は減ってしまいます。力任せではなく、どのように身体を効果的に使うのか、長いスパンでやっていく必要があります。可能性を高め、経験を積む為にはピッチに立ち続けることが重要です。強制的な形ではなく、自発的に取り組めるよう背中を押せるような存在でありたいですね。
-リーグワンになって更にインターナショナルスタンダードが求められています
多くのレフリーが仕事を持ちながら週末にレフリーをしています。仕事がある中で、レビュー、ジム、フィットネス、プレビューとハードな生活を送っています。今まで以上に1日のスケジュールを上手くコントロールしていく必要が出てきています。フィットネスは日本人の強みですが、海外レフリーのフィットネスも高まってきています。また、機能的には意味がないかもしれませんが、威圧感や存在感を出す為に見た目のプレゼンテーションも必要で、上半身の筋肉は足りておらずサイズアップが必要です。
-今後、求められるものは変わるのでしょうか?
ゲームの質や量は明らかに高まっています。プレーの継続時間は増え、プレーヤーのパワーやスピード、コンタクト強度も上がっています。以前のレフリーはロードワークをしている方も多く、マラソンランナーのイメージがありました。しかし、今後のレフリーはフランカーやセンターのような、よりアスリートな姿が求められていくと思います。
GPSなど様々な機器により、多くのデータが蓄積されてきました。しかし、データはあくまでデータです。データに頼り過ぎず自分自身で考えて追求していけるか、デジタルな世界で本当に良いのか。アナログな原点に戻るタイミングが近い将来に来ると感じています。
ラグビーはフィジカルなスポーツである。
それをレフリングするマッチオフィシャル達にも強いフィジカルが求められる。
奥野純平S&Cコーチの豊かな人生経験を基にした多くの引き出しが、これからもレフリー達を鍛え上げていくに違いない。