1人目の講師である中野祐貴さんは、スイスのローザンヌからの講義。IOCが設立したInternational Academy of Sport Science and Technology(AISTS)というスポーツマネジメント全般を学ぶ大学院で10か月にわたる講義を終えたところでした。大阪出身の中野さんは常翔学園、中大でラグビー部に所属。ラグビーを通じての成功体験を伝えたいとJICA(国際協力機構)に応募。2017~2020年にラグビー隊員としてマダガスカルに配属され、同国の女子7人制代表のコーチを務めていました。
アフリカ大陸に位置するマダガスカルは、60年前までフランスの植民地だったこともありラグビー人気が高く、女子の試合もたくさんの観客が集まるのだとか。中野さんが赴任したのは東京五輪の予選を控えた時期。選手たちは東京五輪出場を目指していたところでした。最終的にはアフリカ予選3位、世界敗者復活戦でも敗れ出場はかないませんでしたが、アフリカ予選前には岐阜県郡上市で事前合宿を張るなど日本とも交流を深め、その様子は日本のニュース番組でも紹介されました。
マダガスカルでの任務を終了後、スポーツマネージメントを学ぶためにスイスにあるAISTSに留学。メキシコ、コロンビア、韓国と23か国の仲間とスポーツに関する財務やテクノロジー、法律、広告やメンタルヘルスなど多岐にわたる分野の講義を受けました。7月のパリ五輪ではファンゾーンでのボランティアも体験。行動力あふれる中野さんに参加者から様々な質問が寄せられました。
スポーツを仕事にするために大事なことや語学の習得方法、マダガスカルのラグビーや男女格差など、幅広い分野の質問が飛びました。
これからも世界を舞台にスポーツに携わりたいという中野さん。周りは英語だけでなくフランス語、スペイン語、ドイツ語など3~4か国語を話せる中で勝負していかなくてはなりません。また、ヨーロッパでの生活は日本とは大きく違います。まだまだ挑戦の途中ですが、「人生遅いということはない。とことんチャレンジしてほしい。振り返りたくなる人生を送ってほしい」と参加者にメッセージを送りました。
◎参加者の声(一部抜粋)
・言語や文化の壁を越えて、スポーツで人々を結びつける力があることを知りました。中野さんのように、自分の知識や情熱を他の国で活かし、スポーツ発展を支える姿勢は、スポーツ全体の発展を支える大きな役割だと思いました。
・自分も将来、青年海外協力隊に参加してみたいと考えているので、非常に参考になりました。マダガスカルでは、ラグビーの人気があることや、女子ラグビーの熱は日本と比較して高いことは知りませんでした。如何に自分の知っている世界が狭いのか身に染みて感じました。そして、海外で挑戦する事は、困難もあるけれど、覚悟さえあれば、道は開けるのだと感じました。
・海外で大変なことばかりだと思うのに、楽しんでる感じが素敵だなと思った。また、何かを専門的に学ぶ大切さを学べた
続いての登場は櫻井美江さん。現在、群馬県内で小学校の校長先生をしておられます。現在、58歳の櫻井さんは10年ほど前、40代半ばでB級レフリーの資格を取得。群馬県で初のB級女性レフリーとなりました。現在、レフリーの第一線からは退きましたが、C級コーチの資格も取り、現在は高崎ラグビークラブで幼児クラスのコーチを務めています。県協会、関東協会、日本協会の手伝いもしており、小学生のタグラグビー全国大会であるSMBCカップではレフリーも務めました。
櫻井さんとラグビーの出会いは高校時代。友人に誘われて秩父宮に大学の試合を見に行ったのですが、「雪交じりの天気で、ルールもわからず、モールを見ても、はて?」。
それが徐々に変わったのは、ラグビー経験者と結婚し、群馬で生活するようになってから。息子さんと、4歳下の妹さんをラグビークラブに通わせているうちに、チームに女子選手が増加、女子のチームを立ち上げることに。さらに、ラグビーに熱中し始めた娘さんをガールズフェスティバルにつれていくうち、必要にせまられレフリーを目指すことに。運よく研修を受けられるようになりました。
当時は教員、学校では女子バスケットの部活、そして女子チームの立ち上げに追われる日々。「良く生きてたなあと(笑)」
夏休みや冬休みに有給休暇を使って、レフリーの勉強を始めた櫻井さん。海外のレフリーやレフリーコーチとも積極的に交流、学んでいくうちに気づいたのは、チャンスの大切さ。
「やってみないか、と言われたら“やる”と答えないと、次のチャンスは巡ってきません」。その助言は、ご自身の経験によるものでした。講義の場でも参加者に積極的な発言を促したのは、自分が意思を示すことで、道が開けていくから。
現在、小学校校長と責任ある立場にある櫻井さん、レフリーの経験が役立っているようです。「判断が早い、いろんな方とコミュニーションがとれると言われます」
ラグビーでの経験は仕事でも活かされています。幼い頃からラグビーに夢中になった娘さんはいま、横河武蔵野アルテミ・スターズに所属し、サクラフィフティーンのLOスコッドとして活躍中(櫻井綾乃選手)。エキシビションマッチでは、娘さんの試合を吹いたこともあるとか。家の中にもしっかりラグビーが根付いているようです。
教師との両立、レフリーを続ける上でも悩みながら進んできた櫻井さんには、参加者から弱気になった時の乗り越え方の質問が。答えは「仲間です。落ち込んだときは誰かに話すことが脱出方法」。女性レフリーを目指す参加者からは、実際に笛を吹く上での具体的な質問もありました。「試合の入りの5分で基準を示す、とにかく顔を覚えてもらう」と櫻井さん。「もう少しすれば環境は変わります。それまで踏ん張って」と温かく励ましてくれました。
◎参加者の声
・印象に残る言葉が多く、失敗することを怖がらないことや、やってみたいと思ったことはすぐやるのがいいという言葉を聞いて、心に刺さったからすごくよかったです。
・日本人の謙虚さは海外では損をする場面もあると知りました。(中略)年齢も大きな壁で。櫻井さんの「年齢にはあらがえないから、やってみたい!と思った時がチャンス」という言葉が印象に残っています。挑戦はとても難しくて、何かしらの壁があると思うけれど、それを理由にして諦めて何も得られないことの方が私は後悔すると思ったので、チャンスは自分で作るものなんだなと思いました。
・自分をSWOT分析することで、客観的に見られるし、無理だと思い込んでいることも視点を変えて考えられると気づきました。また、レフリーとしてやっていくために、顔を売ることが大切だということをおっしゃっていて、それは他の職業にも生かせることだと思いました。
今回、講師として登場したお二人に共通していたのは、今もまだ挑戦中であるとお話されていたこと。未来を開拓し続けているお二人の話は、参加者にとって力強いエールとなりました。
(森本優子)