[第1回]
東京オリンピックまであと2年とちょっと。今年の7月には7人制ラグビー(セブンズ)のワールドカップ(W杯)もアメリカ・サンフランシスコで開かれる。
男女日本代表セブンズの総監督を務める岩渕健輔氏が、男子セブンズ日本代表のヘッドコーチを兼任することになった。
2015年のラグビーワールドカップ、そして2016年のリオデジャネイロ・オリンピックで男子セブンズ代表が4位に入ったチームを支えた岩渕氏。
2つの大会の成功から、どのような「方程式」を用いて準備を進めていくのか、話を聞いた。
2015年のW杯、そしてリオデジャネイロ・オリンピック成功には共通点があります。
日本の「準備力」がいかんなく発揮されたということです。
エディー・ジャパンは、グループステージの初戦、南アフリカ戦との試合に向けてずっと準備を重ね、さらには最終的に選手たちから湧き出た力、そして適切な判断によって歴史的な1勝を上げることが出来ました。
オリンピックの男子セブンズでも、初戦のニュージーランド戦に向けて万全の体制で挑み、番狂わせを起こしました。
もちろん、この2試合は日本のラグビー史に残る貴重な勝利です。ただし、強化を担当する私の立場からすると、反省もあります。
W杯では、なぜ2戦目のスコットランド戦で勝てなかったのか。
オリンピックでは、準決勝のフィジー戦、そして銅メダルがかかった南アフリカ戦でなぜ勝てなかったのか。
答えはシンプルです。準備時間が足りなかったのです
スコットランド戦については、試合間隔が短く、戦術を落とし込む時間がなかった。
オリンピックは、準々決勝以降のノックアウトステージに入ると相手がどのチームになるかが分からないので、準備時間がどうしても短くなってしまい、「素」の力が問われ、そこで差が出てしまった。
今回、私は男子セブンズのヘッドコーチに就任して考えているのは、トーナメントが進んでいき、オリンピックと同じような状況になった時に、選手たちの「個々の判断」で勝ち切るチームを作ることです。
●セブンズで勝ち切るために必要なこと
セブンズというと、みなさんはどんなイメージを持っているでしょうか。
「前後半7分ずつで、体格の差がそれほど出ないから、日本にも勝つチャンスがあるんじゃない?」
と考えている方もいます。
ところが、身体能力の差は15人制以上に顕著に表れるのがセブンズです。突出した能力を持つ選手にスペースを与えてしまったら、なかなか止められない。
それでも、セブンズで勝つチャンスはあります。
それは、前後半「7分」ずつしかないからだと私は考えています。
7分しかないから、どんな相手にも勝てる。逆に、7分しかないので、どんな相手にも負ける可能性もある。
セブンズを分析していくと、7分間でプレーされるのは多くて10プレーほどで、インプレーの時間は3分から3分半ほどしかありません。
つまり、プレーのパターンが決まっているのです。
セブンズはアンストラクチャー、混沌局面が多く、自由にボールを動かしているように見えるかもしれませんが、セットプレーの比率が大きく、準備もしやすいのです。
だからこそ、相手を分析し、どうしたら勝てるかを突き詰め、徹底的に準備をすれば勝つチャンスは訪れます。
その意味で、2015年のW杯、2016年のオリンピックで日本は卓越した分析力、準備力を世界に示すことが出来たわけですが、トーナメントが進み、準備力が生かせない時はどうするのか、という課題に必ずぶつかることになります。
リオデジャネイロ・オリンピックが終わり、4年後の東京オリンピックに向けて、どうやって強化を進めるべきなのか。
私としては、一人ひとりの選手の「引き出しの多さ」が勝負になると考えました。日本の選手たちは、海外の選手たちに比べると、セブンズでのプレー経験が決して多くはありませんから、引き出しが限られます。スタッフの完璧な準備を前提として、選手個々のスキル、判断力、適応力を高めていけば、メダル獲得のチャンスはある。そう考えました。
2015年のW杯の成功は、リーチマイケル、堀江翔太、田中史朗の3人が、スーパーラグビーでしっかりと個人として結果を残せたことが大きかったと思っています。海外で生き残るためには、チームの戦略を理解し、なおかつ自分らしさもアピールしなければならない。当然、判断力、引き出しの多さも含まれますから、この3人が海外から持ち帰った財産は大きかったと思います。
こうした選手をひとりでも多くスコッドに加えたい。その発想のもと、2016年にニュージーランド出身のダミアン・カラウナ氏にヘッドコーチの就任を依頼し、1年半ほど強化を託してきました。カラウナは、来季の「ワールドラグビー セブンズシリーズ」のコアチーム昇格を決めてくれたことで、強化に弾みをつけてくれたと思います。
男女セブンズの総監督、そして男子セブンズ日本代表のヘッドコーチとして、オリンピックのメダル獲得、そして「カルチャー」を大切にし、継承していくことに尽力したいと思っています。
長い間、15人制、セブンズに限らず、日本代表には引き継ぐべきカルチャーがうまく伝達されなかったように思います。
しかし、2015年のW杯、そして2016年のオリンピックに関しては、
「ハードワーク」
「最善の準備」
「代表であることの責任」
といったカルチャーが醸成されました。
私としては、こうした言葉をあらゆるカテゴリーに浸透させ、日本独自のラグビー文化を定着させたいという思いがあります。
そうするためには、男女ともセブンズで結果を残すことが求められます。
セブンズがオリンピック競技となって分かったのは、日本のスポーツにおけるラグビーのポジションです。複数のメダルが期待されている競泳、柔道は日本オリンピック委員会(JOC)から「特A」とランクされています。ラグビーは男子がBランクになっています。より有望な競技にランクされるには、競技力を支える仕組みづくりが大切になってきます。
日本のセブンズ代表も専任の選手、ほぼ専任に近い選手も増えてきており、前向きな方向で強化は進んでいます。
実際、W杯で戦った選手のうち、オリンピックに出場した選手は、福岡堅樹だけでした。それだけセブンズの専門化が進んでいますし、求められるフィットネスレベルも違っています。
2019年には15人制のラグビーW杯が日本で開催されることもあり、選手にとっては一生に一度の機会になるので15人制にチャレンジしたい気持ちは理解できます。
それでも2020年の東京オリンピックでプレーするチャンスも一生に一度の機会になります。これは、選手たちのキャリアを考えても大きな意味を持つでしょうから、長期的な合宿も視野に入れ、強化を進めていきたいと考えています。
7月にはサンフランシスコでセブンズ・ワールドカップも開催されますので、ファンのみなさんにセブンズの魅力を感じていただけるようなプレーをご披露できればと思っています。
著・生島淳