9月18日にイングランドで開幕するラグビーワールドカップ(RWC)2015まで、残り100日となった。
史上初の準々決勝進出を目指す日本代表を率いるエディー・ジョーンズヘッドコーチは、現時点でのチームの成長ぶりに関してどう感じていて、RWCではどう戦うつもりなのか。
日本代表合宿が行われている宮崎市で報道陣に対して語った、熱い言葉の数々を紹介する。
日本人の特質を生かした強化でRWC準々決勝進出を目指すことを
最も重要なのはプール初戦の対南アフリカ
世界トップの国にも勝つチャンスは必ずある
——100日後にRWCを迎えるという事実をどのように捉えていますか。
「時間としては足りない。U20チャンピオンシップで戦っているU20日本代表はイングランドに対して、前半だけで45 点差をつけられた。それが、日本の国内ラグビーと世界とのギャップの現実です。
我々はその現実を変えようとしている。代表チームから変えることを目指している。そのためには、これからの100日間、毎日が重要になる。使命は大きいが、間違いなく、正しい方向に進んでいる。
7月の初めには10人のトッププレーヤーが代表スコッドに戻ってくる。それまでは、現在のスコッドメンバーのベーシックを引き上げる作業を続けていく。10人が戻ってきてからは、より組織的な強化に着手していくことになる」
——具体的にはどういう部分で、特に時間が足りないと感じているのでしょうか。
「我々は世界2位の南アフリカに勝たなければいけない。彼らは95年、07年のRWCで優勝しているし、98年、04年、08年のトライネーションズ王者でもあるのに対して、日本はRWCで1勝しかしていない。
ただ、たとえ世界トップのチームに対しても勝つチャンスは必ずある。チャンスはどこにあるのかを明確にして、勝つための方法を遂行できるか。南アフリカ戦で重要なるのはフィジカリティの部分。そこで戦えなければ、自分たちのラグビーをすることはできない。できる限りフィジカル面で強くなる。その上で、素早く動けること。そして、ハードにヒットできること。ボールを持っている時も持っていない時も、しっかりプレーできるアティテュードも必要になる。その部分に関しても、正しい方向に進んでいると自信を持って言えるが、まだまだ成長していく必要があるのも確かだ。
フィジカルに戦った上で、スマートなラグビーをしていく必要がある。南アフリカのディフェンスに穴をつくって、そのスペースをアタックしていく。その空いたスペースを南アフリカが埋め始めたら、他のスペースをアタックする。
強固に思える南アフリカのディフェンスにもスペースができる余地はある。ただ、スペースをつくっていくためには、フィジカルの強さが必要になる。
もちろん、セットピースでボールを獲得することも大事。スクラム、ラインアウトでボールを獲得できれば、試合を優位に進められる。とてもシンプルな事実だ」
——それほど、南アフリカ戦を重要視するのはなぜですか。
「最初の試合だから。世界2位といい戦いができれば、その後の世界9位、世界10位、世界16位とも、いい試合ができるはず。
日本はRWCで世界トップ3の国といい試合をしたことがない。我々がその初のチームとなろうとしている」
——南アフリカに勝つという信念は選手たちにも十分伝わっているでしょうか。
「最終的には、9月19日のキックオフを迎えてみないとわからないのかもしれません。ただ、前回の合宿と今回の合宿を比較してみても、選手たちの真剣さや集中度は間違いなく上がっている。
自分たちが困難な状況にあり、ハードなトレーニングをしていかなければならないということを受け止めながら、それでも自分たちが向かうべき方向に集中している。
確かに、現時点では全員がそうなってはいない。混乱した状況に陥っている若い選手もいる。残り数週間で、改善が見られない選手はスコッドから外れることになる。
その一方で、シニアプレーヤーたちは真摯な態度でトレーニングに打ち込んでいるケースが多いのは確か。スーパーラグビー組が戻ってくれば、より一層、その傾向は強くなるはず」
——南アフリカのアドバイザーだったことは日本にとってプラスになるでしょうか。
「その経験があるからといって、南アフリカに対して先手を取れるわけではない。ただ、自分は南アフリカ人がラグビーというものをどう捉えているのかわかっているつもりだ。ゲームに対してどうアプローチしてくるか、何を仕掛けてくるかわかっている。それでも、その日戦うのは選手たち。しっかり相手に向かっていけなければ、知識を与えても、意味はなくなる。
世界で一番パワフル。大きくて速くてアグレッシブ。その相手にしっかり対峙できるか。
バイエルン・ミュンヘンのヘッドコーチが言っています。世界最高の選手が揃っている。その選手たちに最高の戦術を与えたとしても、全力でプレーできなければ意味はなくなってしまう。
それが、我々にとっての南アフリカ戦で現実となる。いくら最高の戦術を与えたとしても23人の選手たちが体を張る覚悟ができていなければ試合にならないということ」
宮崎合宿では常にジョーンズHCの独特のやや甲高い声がグラウン
豪州や南アの選手では耐えられないハードワーク
日本人特有の勤勉さは有効に使っていくべき利点
——2012年に現在のポジションに就いて以来、アタッキングラグビーこそジャパンウェイということを強調してきたように思います。具体的にこの4年間で日本代表に新たに加わった要素として、どんな点が挙げられると思いますか。
「これまでの日本はオーソドックスなラグビーをしてきたと言っていい。なので、選手たちの意識付けを変える必要がある。まず、ボールをキープすることをしっかり意識させないといけない。
目指しているのは素晴らしいアタッキングラグビーをするチームになるということ。ディフェンスがどんな動きをしてきても、それに合わせてアタックする場所を変えられるようなチーム。
最初はボールポゼッションを維持するという部分に特化しなければいけなかった。それを続けながら、フロントラインのスペースを意識させるように仕向けてきた。現代のラグビーではフロントラインのところにスペースがあり、さらにディフェンスラインの裏側にもスペースがある。その両方をしっかり考慮していかないといけない。
フィロソフィーとしては変わっていないと思うが、どのスペースをアタックするのかという方法は少し変わってきた。
南アフリカは日本にボールを持たせたいはずだ。彼らはディフェンスしたいチームなので。一方、我々は彼らにボールを与えたくないし、彼らの思惑どおりになってはいけない。
そういうことを完全に理解するためには、まだまだやらなければいけないことがたくさんある。
例えばキックを使う時、なぜキックするのか、しっかり認識した上で使わなければいけないし、近場を攻めるのか、ワイドなのかなど、常に判断し続けることが重要になる。
そこの部分はフミ(SH田中史朗)が戻ってくれば、大きく変わるはずだ。ドミネートできる選手だから。フミが戻ってきた後、彼のプレーにまわりがどうかかわっていくのか。彼がいい状態でスーパーラグビーから戻ってきてくれることを願っている」
——そういうラグビーを可能にするための、強度を上げたトレーニングは十分できているのでしょうか。
「十分やっているが、絶対的に十分ということではない。日本代表が直面しているのは、筋肉量を増やす一方で、フィットネスレベルも上げるという困難な命題。
これが南アフリカチームなら筋肉量を上げるプログラムは必要ない。フィットネスを上げること、そしてどういうゲームプランでいくのかを理解させるだけでいい。
それと比較すると、我々のタスクというものは非常に複雑なものだと思う。時間は足りないと言わざるを得ない。RWCへ向けた期間ごとのプログラムはあるが、毎日、毎日、激しいトレーニングばかりを続けるわけにもいかない。しっかりリカバリーの時間をとることも必要になる。
日本人選手の素晴らしいところは、ハードワークをしっかりこなせる点。それは間違いなくアドバンテージ。自分たちがいま実践しているトレーニングをオーストラリアや南アフリカの選手は耐えることはできないと思う。
ほとんど毎日、3回のトレーニングセッションがある。オーストラリアなら1日2回のセッションを2日続ければ、1日休まないといけない。それが現実。日本人特有の勤勉さの部分は自分たちのアドバンテージとして使っていかなくてはいけない」
——そのような特性は利点にもなるでしょうが、欠点でもあるのでは。
「従順すぎるという面は日本人の悪いところでもあるかもしれない。自分で考えて、物事を進めていくケースが少ない。
ラグビーというのは、時間がない中で考えることが要求されるゲーム。そこで必要とされるのは、学習を重ねることで磨かれてきた直感力。いい選手というのは素早く状況判断をして、正確にその状況に必要なプレーができる。日本の選手はそこが欠けていると言わざるを得ない。小さい頃からコーチに『こうしろ』と言われたプレーを従順にしてきた。そのプレーをすると指導者が喜ぶからだろう。
ただ、実際のラグビーではそういうプレーをしてもうまくいかない。実際には複雑な状況が続いていくのがラグビーの試合だから。ほとんど予想不可能と言ってもいい状況への対応力が試されるのがラグビーの本質と言っていい。
素早く何が起こっているか読み取り、瞬時に解決法を考え、実践する。そういう部分は日本ラグビーが最も変わっていかないといけない部分。規律だけでは、判断力は生まれない。従順な選手が生まれるだけ」
―そうした日本人の負の部分は、いまの代表選手に関しては改善されてきたのでしょうか。
「間違いなく改善されてきている。五郎丸(歩バイスキャプテン=FB)、伊藤鐘史(バイスキャプテン=LO)、立川理道(=CTB)がいい例。しっかり、状況を判断して、回りに伝える能力もある。自信を持って判断したことの実践にあたってもいる」
——勤勉さは自分自身にも?
「多分(笑)。自分は日本人ではない。ただ、日本人の血は入っているので、理解はできる。自分の母親も勤勉です」
雨中のスクラム練習も自らチェック。
日本をコーチングするのはエモーショナル
世界で最もエキサイティングなプログラム
——13年に一時的にチームを離れたことは、その後の指導方法などに影響を与えたりしたのでしょうか。
「一つ気づかされたのは、いかに自分がコーチングを愛しているかということ。それまでも、愛していないとは思っていなかったが、いまは自分に与えられたセカンドチャンスのようにも感じている。選手たちのため、日本ラグビーのため、無駄にしたくない。いろんな国でラグビー指導に携わってきたが、本当に心の底から思うのは日本ラグビーが世界のラグビーに対して大きな貢献ができるということ。
一つには最も人口の多いアジアの代表であるということもある。2つ目として、他の国とは違うタイプのラグビーをしているということ。
フィジカルスポーツで、サイズが重要ではあるが、それでもボールを持ってプレーするという面。自分たちの強みがどこにあるのかを見極めれば、その部分でも日本は貢献できるはず。
例えば、夜に寝付きが悪いときに見るとよく眠れるようなラグビーもある。スーパーラグビーの南アフリカダービーがそう。一人のランナーが走ってぶつかり、その後はハイパント。本当につまらない。ラグビーはそうなるべきではない。ラグビーはボールが動くゲームであるべき。イングランドでボールを蹴っていたエリス少年がボールを拾って走り出した冗談のようなプレーから生まれたスポーツ。本来はパスして、ランして、キックもアタックオプションのひとつとしてはあるが、メインオプションになってはいけない。
いま、ラグビーの本来の姿が失われつつある。すべてパワーとフィジカルの勝負ばかり。その中で、もうひとつの流れのラグビーを生み出すために、日本が果たすべき役割は大きい。
アイルランド以外の世界中のチームが、トンガ、サモア、フィジー出身の大きくてパワフルな選手を代表に入れているが、日本は違う方法で戦えるということを世界に提示していかないといけない」
——日本のラグビー全体を救いたいという思いもありますか?
「自分ができるのは、代表がいいラグビーをして、いい成績を残すこと。さらに、そのことによって、子どもたちに夢を与えることはできるかもしれない。ジャパンウェイで世界と戦いたいというような夢を。
世界中で行われているラグビーを見てみても、日本が大きな貢献できると確信している。スキルとスピードを生かしたスタイルで世界で勝っていく。
125キロの大男たちがボールを持ってスマッシュしていくというスタイルではない違う戦い方で世界で勝つ方法を追求していく必要がある」
——日本代表をコーチングすることに対して特別な思いもありますか。
「日本代表のコーチできることはとても光栄なこと。自分がプロのコーチとして生きてこられたのは、日本で最初にチャンスが得られたから。なので、コーチとして日本に戻ってきたいというのはずっと思っていたことでもある。世界のラグビーの中でも最もエキサイティングなプログラムに自分は携わっていると思う。
世界の中では、日本はラグビーに対してそれほどシリアスに取り組んでいないと思われていて、しかも選手の体は小さい。そういう場所で、新たなゲームモデルをつくって、それを発展させていく。とてもやりがいのあることだし、自分自身も日本をコーチングをしていく過程で成長できていると思う。ありとあらゆるリソースを使って、選手たちを成長させていく必要がある」
——日本人の奥さんだったり、自分が日本人の血を受け継いでいるということも影響しているのでしょうか。
「妻は関係ない。ラグビー的な観点から離れて考えてみても、日本はオーストラリアの次に自分が親近感を持つ国。日本や日本ラグビーに関わるのは自分にとってエモーショナルなこと。自分がエモーショナルになる対象には、しっかりコミットできるのは自然なことであるとも思う。
自分はコーチングという仕事を愛しているが、今回の仕事がいままで一番難しい仕事でもあるという認識でもいる」
——この4年間はほぼプランどおりに進んできていますか。
「物事はプランどおりには進まないもの。それでも、選手たちの成長には確かな手応えを感じている。9月19日にならないと、その成長が十分なものだったかどうかの結論は出ないが」
——今年の春の成果についてはどのように捉えていますか。
「トレーニングセッションからしか判断できないが、サポートプレーに関しては、大きな成長が見られたように思う。重点的に取り組んできたので。スクラムも同様。スクラムに関しては全く新しい組み方に取り組んでいるが、進歩を感じている。モールアタック、モールディフェンスに関しては改善が必要だが、全体的にはポジティブになっていい状況だと思う」
——ワラビーズの監督時代には有酸素運動トレーニングに力を入れていたはずですが、現在はフィジカル面での強化を中心に据えているように思います。この先どこかで切り替えていくつもりは?
「トレーニングに関するプランはある。ランニング、フィットネスの部分は必ずRWCで勝つために必要になってくる部分。心配する必要はありません」
PNC以降の全試合をRWCの予行演習に
南アフリカ戦メンバーの大枠には変更なし
——パシフィック・ネーションズカップ(PNC=7月3日〜8月3日)はどのように戦うつもりでしょうか。
「PNCでは南アフリカ、スコットランド、サモア、アメリカ戦を想定した戦いをしていくことになる。全試合、RWCの予行演習として使うことになる。それぞれの試合でいずれかを想定したゲームプランを持って臨むが、アメリカに対してRWCで戦う時のようなプレーをすることはない。アメリカに対しては何も与えない。アメリカでアメリカに勝ってもRWCには何の意味のない。
もちろん、全勝することを望んでいるが、単純にカナダに勝つための方法でカナダと対戦するようなことはないということ。その後の世界選抜戦(8月15日)、ウルグアイ戦(8月22、29日)も同じように、その試合に勝つためではなく、RWCの準備として使うことになる。
07年の南アフリカはトライネーションズで1勝しかしなかったが、RWCでは優勝した。RWC前の試合というのは結果ではなく、RWCに向けてどういう準備にするかが重要になる」
——そのアプローチを採用して事前の強化試合で結果が出ない場合、選手たちがメンタル面で自信を持ってRWCに臨めないような可能性はないでしょうか。
「予行演習的に戦って結果が出ないことにより、自信を喪失するようなことがあるなら、アプローチを若干変えないといけないかもしれない。ただ、常に念頭に置いているのは最終目標、すなわちRWCでの結果。たとえば、アジアチャンピオンシップの初戦の韓国戦。それまでにチームで合わせたのは15分だけという状況で臨んだ。当然、酷い試合となった。ただ、選手たちはそうなることは理解していたはずだ」
——勝つこととリスクを負うことは両立しますか。
「自分にとってのリスクは勝とうとチャレンジしないこと。南アフリカ戦では2つの戦い方がある。もう一つはのすごくコンサバティブな戦い方。ピッチ上から可能な限り遠くに蹴り出すようなスタイル。多分30〜40点差で負けることになるでしょう。
もう一つは勝ちにいく方法。その場合はビッグスコアで負けるリスクもある。我々がリスクを冒すということは、南アフリカに多くのチャンスを与えることにつながる可能性もある。それでも、勝ちに行く勇気を持たないといけない。
昨年のマオリ・オールブラックス戦は勇気を試す試合だった。最初の試合では、完璧に相手が望むスタイルで戦った。それをしてくれた選手たちのことを本当に誇りに思った。40点差で負けたが、自分たちのスタイルでプレーし続けようとした。やり遂げる力があれば勝っていた試合だった。
次の試合は勝ちに行った。スクラム、ラインアウトの優位性を生かして。勝っていて当然の内容だった(18—20)。
マオリ・オールブラックス戦は選手たちの勇気という面で前に進めた2試合だった。それに、戦術面でもバリエーションを持って戦えるという面でも自信を深められたように思う。
もちろん、我々はアタッキングチームになりたい。ただ、いつも同じように戦っていては、予想されやすい。その時々によって、色々な戦い方をしていくことも考えていかなければいけないこと」
——RWCでは対南アフリカと対スコットランドの2試合、そしてその後の対サモア、対アメリカの2試合で戦い方を変えていくのでしょうか。
「よりフォーカスしているのは南アフリカとスコットランド。その2試合に負けると、準々決勝に進む可能性がほとんどなくなってしまうので」
——南アフリカには勝つのは難しいので、残りの3試合に集中すべきということを言う人もいます。
「言わせておけばいい。それは我々のアプローチとは違う」
——南アフリカ戦に関する具体的な情報はすでに選手たちに伝えてあるのでしょうか。まだだとすればいつぐらいに伝えるのか。
「例えばセットピースのユニットに関するものだったり、BKのアタックの基本的なストラクチャーだったり、情報を与えている部分もある。あと、選手たちは、自分たちがどういう風にプレーしなければいけないかという全体的なテーマに関しても理解している」
——昨秋、すでに南アフリカ戦のメンバーが頭の中にあると言っていましたが、そのメンバーに変わりはないでしょうか。
「たとえば、カーン(ヘスケス=CTB/WTB)のような存在が少し状況を変えている。彼は常に練習から100%を出し切れる選手。彼は、いますごくいいコーチングを受けていることを実感しているからこそ、常に100%出そうとしてくれている。練習で100%出せない選手が試合で100%出せるはずがない。若い選手たちにはカーンのような熱意を学んで、同じように常に100%出せるようになってほしい。カーンの存在を除けば(南アフリカ戦メンバーは)基本的に変わってはいない」
日本代表HCは「今までで一番難しい仕事」。