東京都港区と日本ラグビー協会が主催する「みなとスポーツフォーラム 2019年ラグビーワールドカップに向けて」第28回が1月21日に行われ、日本ラグビー協会コーチングディレクターの中竹竜二氏が「世界で勝つために」をテーマに講演した。

日本協会でコーチングや強化を担当する中竹氏は、「2019年に世界で勝つために」というテーマで、日本ラグビーの現状と今後の方針について語った。

■質の高い環境づくり

中竹竜二氏
中竹竜二氏

2013年は巳年ですが、その意味は「復活と再生」です。日本のラグビーも13年を機に、復活と再生ができればと思っています。

日本のラグビーが復活するためには、いきなり未来を見るだけではなくて、過去を振り返ることが必要です。現状分析をして、過去の整理を行い、未来から逆算した選択と集中をしないといけません。19年に向けて、どんなことをしていかなければならないでしょうか。

わたしの立場で言うと、日本全国で良い指導があり、どこでも質の高いラグビーができ、技術が向上できる環境づくりをすることです。では、そのために必要なものはなんでしょうか。まずはマニュアルです。どういうことをやるか、が書かれたものが必要です。ただ、それだけでは足りません。次は人が必要です。わたしのメインの仕事はテキスト、映像でマニュアルを作ることと、良い人材を見つけて育てることです。ただ、この二つができても、活躍する場がないと、人は育ちません。研修会や大会、合宿をプログラム化することが必要です。この三つを成り立たせたいと思っています。

■社会で自立貢献できる人材を

マクドナルドやスターバックスは「仕組み」を持っています。両者は精度の高いマニュアルによって、誰もが簡単に商品を作ることができます。ただ、共通していえることは、その先の理念を持っていること。スターバックスはただコーヒーを売っているのではなく、マクドナルドもただハンバーガーを売っているわけではありません。スターバックスはサードプレイス(※ファーストプレイスは「家」、セカンドプレイスは「職場(学校)」。そして、家でも職場でもない、第3の空間を「サードプレイス」と呼ぶ)をうたい、マクドナルドはハンバーガーを通じて人を育てるという人材育成のコンセプトをうたっているのです。

日本協会としては、強化によってW杯に勝つだけでなく、ラグビーを通じて社会で自立貢献できる人材を育てるということを掲げています。この理念を軸として、どうやって強化していくかを考えています。目の前の大会で勝つことだけでなく、理念を持って行っていこうと考えています。これが実際に作ったマニュアルの指針になっています。

■現場の改善と必要とされる能力

日本代表の全カテゴリーの指導者を集めて、一貫指導のミーティング(MTG)を定期的に行っています。12月に行われたMTGの話を紹介しましょう。

われわれはパフォーマンスの概念を分けました。テクニックとスキルです。違いとしては基礎的な身体動作をテクニックと呼び、スキルはプレッシャーの中でテクニックをどう使うかという概念です。つまり、状況判断ですね。日本人はよくうまいと言われます。ただ、試合で使えないとも言われます。現場のプレッシャーでテクニックが使えない。それはスキルが足りないのです。こういう現象はよく起こっていますし、他の競技でも生じていることだと思います。

同様に戦術と戦略にも違いがあります。戦術はテクニックやスキルを組み合わせた手段であり、戦略とはそれによって攻める、守ることの大方針です。

パスのテクニックは高く、練習でやらせると非常にうまい。ただ、試合になると誰もいないところにパスを出す。そのような選手がいます。よく「練習ジャパン」と言われたりしますが、このように分けていくと、本当の課題が見えてきます。それをコーチは見抜かないといけません。

エディー(ジョーンズ日本代表ヘッドコーチ)さんとディスカッションをして、理想的なトレーニングについて考えていますが、若い年代こそテクニックの練習をしっかりとこなさないといけませんが、状況を判断する力も必要です。いくら良いテクニックがあっても、状況判断ができないとテクニックを生かせないからです。

わたしの感覚的な話になりますが、日本の傾向的にテクニック(の練習)が7割を占め、敵がいる練習、ゲーム形式の練習が少ないと感じています。日本は型の文化です。もっと状況判断を養うトレーニングをやる必要があるでしょう。

また練習強度のことも考える必要があります。ラグビーは試合中にトップスピードでずっと走っているわけではありません。トップスピードで走るのは試合の15パーセント程度です。しかし、練習では(フルスピードで走ることを)試合より多くしないといけませんよね。一方で、日本の練習を見ていくと10パーセントに満たないのではと感じています。

今はGPSがあり、選手がどんなにきつい顔をしても、走った量がすぐにわかります。3、4時間に渡って練習をしても、試合で使うべきスピードで練習をしていないのでは意味がありません。このような状況を改善するために、現場に情報を提供して、練習強度を変えましょうと話しています。

よく一貫指導をしていると、「中竹さん、ジャパンの指針を示してください」と言われます。「それを真似るから」と。ただ、真似てはいけないんですよね。戦略と戦術には色々なものがありますし、各代表チームが特徴を見て考えて欲しいと思っています。ただ、ちゃんとしたパス、ちゃんとしたキックというスキルは全カテゴリーで高い質を持ちましょうと話しています。

■夢のあるストーリーを語って欲しい

日本協会では様々なプログラムを行っていますが、最後に伝えておきたいことがあります。ストーリーがとても大事で、ものを語ってほしいということです。

19年を成功させる物語があるとすれば、それを語っている人や関係者がワクワク感を持たないといけません。田中(史朗=ハイランダーズ)のような、あれほど小さなスクラムハーフが2メートルの選手を倒す。そのような光景を思い描くと、人の顔が見えてきて、その人の顔が笑っていると、自然と笑顔が生まれます。19年にベスト8になるという数字よりも、そこに至るまでのストーリーがある方が人間は主体的になります。ストーリーが大事なのは、その人たちが信じきっていることです。ただ思っているのではなく、こうするんだという意志を持ち、それがストーリーに変わっていくのだと思います。

みなさんもどんどんストーリーを語ってください。地方に行くと、日本代表の監督を知らない高校生がたくさんいます。19年にラグビーW杯が日本に来ることを知らない人も多くいます。メディアの力だけではうまくいきません。われわれが伝えていかないと、広がっていきません。夢のあるストーリーを多くの人に語ってください。

■当たり前のことを言語化した

以下は質疑応答の一部。

──19年W杯が成功するために、協力できることはなんでしょうか?

「ストーリーを語っていただきたいと思います。認知度が上がっていくためには、口づてが必要で、単語ではなくストーリーが大事です。そして、ラグビーにどっぷり浸かっていない方々が語っていただくことがラグビーの普及にもつながると思います。ラグビー協会としては、ラグビーファミリーを増やすことを考えています。プレーヤーでも関係者でもなく、見てくれる方、支えてくれる方もそうです。テレビで試合を放送している際に、見てくれる人もラグビーファミリーです。壮大なことをお願いするというよりは、今考えていることを伝えていってください」

──7人制ラグビーの普及、強化についてどう考えていますか?

「7人制の方が早く大会が来る(※16年リオデジャネイロ五輪より正式種目)ので、強化したいと考えています。ただ、二律背反のところがあります。人数が集まりやすい、手軽にできることで7人制に人が流れてしまうと、母体を支えている15人制に人が集まらなくなる可能性があります。国によって違いますが、7人制と15人制を完全に分けているところもありますが、企業のサポートは得られるか、大会をいつやるのかなどの問題があります。今こそリオの大会に向けて、7人制を強化する時期に来ていると思いますし、今までになかった方針を打ち出したいと考えています。焦りを感じながら、男女ともに準備を進めているところです」

──ラグビーを通じて社会に貢献できる人材を育てるという理念を考えた背景は?

「スポーツを競技して終わる。それであれば、強化のマニュアルだけでいいと思います。ただ、日本ラグビーの背景には、ラグビーを通じて人材ができあがり、社会に貢献していく。ラグビーを通じて、成長できたという思いがあります。それを統括団体として打ち出していいのではと思いました。これまではそうした思いを言葉にできていませんでしたし、ラグビーをやっていない方々に発信することができていませんでした。IRB(国際ラグビー評議会)がそうした想いを発信し始めたのは、98年のことでした。世界のラグビー人口が減少したときに、もう一度見つめ直そうと理念を出しました。それによって、ラグビー界を立て直すことができたのです。当たり前に考えていることを言語化したということになります」

■中竹竜二氏に聞く「理想の2019年W杯とは」

「ゲームを戦う人、見る人、支える人、大会を迎え入れる人、すべての人が19年を楽しみにしていますし、楽しもうというモードに入っています。当然そうなると、みんながW杯のことを話題にしていますよね。
選手に対しては、勝てればいいなではなく本気で勝つんだと考えて欲しいと思っています。勝つために準備し、勝つためにこう戦う。さらには勝ってからこうするという理想を持ち、気負いなく海外の選手と戦って欲しいですね。自分たちのやりたいラグビーを考え、日本人にしかできないラグビーをやるんだという想いを抱いて、それを体現して欲しいと考えています。19年のときに(次の大会が行われる)23年がもっと楽しみになる大会になればと思っています。19年はリスタートの年で、ここからが勝負です。一発で燃え尽きて終わるのではなく、23年にはもっと良い形を作っていたいと考えています」