第12回目の「みなとスポーツフォーラム~2019年ラグビーワールドカップに向けて~」は元オーストラリア代表監督で現在サントリーサンゴリアスのゼネラルマネージャー兼監督、エディー・ジョーンズ氏をお迎えし、「ラグビーワールドカップで勝つチームの条件」をテーマに5月31日(火)、赤坂区民センターにて講演を行いました。

2003年と2007年のラグビーワールドカップ(RWC)でコーチを経験したジョーンズ氏。その中で14試合を行い、13勝。負けた試合はたった1試合、2003年の決勝だけというその華麗な経歴の紹介からスタートしました。自身のRWCでの経験、2011年のRWCでの日本の可能性。そして、2019年、日本で開催されるRWCを成功させるために、といった興味深いテーマをたっぷりとお話しいただきました。

エディー・ジョーンズ氏
エディー・ジョーンズ氏

【RWC2003 オーストラリア代表を率いて、自国開催のRWC】
「オーストラリアは1999年のRWCで優勝しました。その後、オーストラリア代表のHCに就任しましたが、RWCで優勝するためには6人ほどのワールドクラスの選手が必要です。
就任当時のオーストラリア代表は、ジョージ・グレーガンとスティーブン・ラーカムの2名がワールドクラスの選手でした。そのため、最初の仕事はチーム作り、ワールドクラスの選手を育てることでした。2003年のRWCはオーストラリアでの開催でしたので、自国代表を率いる監督としては、開催国の国民から魅力あると思われるチームを作ることが責務でした。RWC開幕の前にオールブラックス(NZ代表)と試合を行いましたが、その試合は50-24で敗北。これまでの人生で最も恥ずべき試合だと思うほどの試合でした。完全にオールブラックスにやられてしまった試合ですが、この後控えているRWCではオールブラックスと準決勝で対戦することが予想されていました。そのため、この敗北からチームのあらゆる側面を一から見直し、立て直しを図りました」

「その作業は、大きく二つに分けて行いました。一つは実践的な作業。もう一つはゲームを戦ううえで影響を与えるであろう作業です。この作業を実践するうえで、3つ、取り組まなければならない優先事項がありました。1つ目は『フィットネス』。2つ目は『ディフェンス』。3つ目は『ゴールキック』でした。2003年、開催時期のオーストラリアは非常に暑いので、フィットネスは重要です。また、RWCを勝ち抜くためには優れたディフェンス力が求められます。そして、RWCでは接戦が非常に多くなるので、ゴールキックはとても重要です。この3つの優先事項を強化しながら、オーストラリア代表が目指したのは『アタッキングラグビー』でした」

「こういったチーム作りを行うなかで、我々はスローガンを作りました。そのスローガンは『Our land, our cup, to business』(われわれのこの土地で、われわれの優勝トロフィーを手に入れよう。そういった仕事を全うしよう)でした。こうした中スタートしたトレーニングは世界のどのチームにも負けないハードなものでした」

「RWC2003に向けて、こういったトレーニングに加えて、準決勝で対戦するであろう、オールブラックスの分析も徹底的に行いました。オールブラックスは非常に強いチームで、当時テストマッチの勝率は8割を超えました。そんなオールブラックスに勝つためのポイントを3つ、導き出しました。一つ目は『オールブラックスのトライの8割はキックリターンから』です。そのため、それをさせないことが重要になります。二つ目のポイントは『スタンドオフのカルロス・スペンサー』です。彼は非常に優れた選手ですが、彼にプレッシャーを与えると、普段の彼なら問題なくできるプレーも崩れることがあります。3つめのポイントは『オールブラックスに考えさせるゲームをする』ことです。オールブラックスは常に、フィジカルにおいて世界で最も優れたチームです。しかし、そんな彼らがゲーム中に何かを『考える』状況を作り出すことができれば、オールブラックス自身に自信を失わせることができます。このメンタル面こそがオールブラックスが世界最強といわれながら、これまで一度しかRWCを制覇できていない理由と考えます」

「このようなオールブラックスへの分析を行った後、オールブラックスに勝利するために綿密なゲームプランを作りました。このゲームプランは3つのポイントにのっとり、キックオフリターンを避け、スタンドオフにプレッシャーをかけます。そして『考えさせる』ために何を行ったか。オーストラリア代表はキックオフでマイボールを自陣で確保してから、キックを使うことなくボールを約90秒間確保し続けました。このマイボールを確保し続けたプレーを見たときに、われわれコーチ陣はこの試合の勝利を確信しました。なぜなら、この試合における心理戦において、このプレーで大きく優位に立ったからです。そして、試合の結果は24-12でわれわれオーストラリア代表が勝利しました」

「そして、決勝はイングランドと戦いました。この試合は、延長戦に入り、ジョニー・ウィルキンソンがドロップゴールを決めてイングランドの優勝が決まったゲームです。この試合、負けはしましたが、コーチとしてとても誇りに感じた瞬間でもありました。なぜなら、あれ以上のパフォーマンスを見せることはできない、といったゲームだったからです。
2003年にRWCで優勝できなかったというのは非常に残念なことですが、開催国の代表チームとして魅力あるゲームを展開できたことにより大会の成功、そしてオールトラリア国内でかつてないラグビーブームを巻き起こすことができたと思っております。こういった点は日本が2019年を迎えるにあたって、とても参考になるのではないでしょうか」

【RWC2007 南アフリカを率いてRWC制覇】
「2007年のRWC前にたまたまサファリへ家族で観光に行っていたときに、南アフリカ代表監督からチームに誘われました。『2003年のシルバーメダルをゴールドメダルに変えたくないか?』そんな彼の誘いは非常に魅力的で、すぐにチームのセッションに参加、代表チームと一緒に行動しました。
RWCを迎える前の南アフリカ代表は、テストマッチで1勝しかできませんでした。この南アフリカ代表がRWCで優勝するまでに行ったことをお話しします」

「大会までの準備期間は十分といえるものではありませんでした。ただ、このチームのメンバーを見ると、ワールドクラスの非常に優れた選手が6人いました。加えて、チームスタッフが非常にまとまっていました。すでに『チームとして』の環境は整っていました。そこで、『RWCで勝つため』の環境をいかに整えるか、というのが非常に重要でした。南アフリカは、今でもさまざまなものがまとまりきっていない国です。特に、さまざまな人種が生活している国です。こういった人たちの集まりを一つの結束した集団にするということは本当に大きな仕事です。それを実践するため、チームスタッフは実に綿密な準備を行っていました」

「大会2戦目に、南アフリカ代表はイングランド代表との試合を行いました。この試合、歴史的な大勝利を南アフリカはあげるのですが、そのための準備はすばらしいものでした。キックオフから逆算された綿密なスケジュールを組んだのです。その準備の中で、ある曲を流しました。その曲は、「南アフリカは一つの国、さまざまな肌の色の人がいるが、一緒になってがんばろう、一つの国を作り上げるために」といった内容の歌です。この曲はバスの中でかけたのですが、聞き終わって選手がバスを降りるときには、チーム全員のイングランドに対する闘志はすさまじいものでした。この時の南アフリカのチームの気持ちの高ぶりというものは、これまで感じたことのないほどの高まりでした。こういった準備が39-0という歴史的勝利につながったと確信しています。
イングランドとは決勝でも再度顔をあわせたのですが、非常に簡単に勝利することができました。
2007年に南アフリカが優勝できた最大の要因は、こういった綿密な準備にあったと考えます。そして、チャンピオンになるチームには、自分たちの強み、何が得意なのかといったこときちんと理解している必要があると思います。2007年の南アフリカはまさにそんなチームでした」

【日本代表について】
「RWC2011に臨む日本代表メンバーのキャップ数の合計は、おおよそ380くらいになるかと思います。一方、RWCで優勝を狙うチームのメンバーのキャップ数の合計は600ほど必要になります。なぜでしょうか。600キャップは、ひとりひとりにあてはめると、約40キャップになります。この数字は、ひとりひとりの選手が約4年間継続して代表選手として試合に出ていたことを意味します。これは十分な経験を有していることになります。現在の日本代表は、この部分で強豪国と大きな開きがあります」

「このような課題がある日本代表ですが、フィジカルについては伸びていると感じます。そして、外国人選手を選ぶことでサイズの問題も解決されてきています。また、組織力は非常に高いと思います。そんな中、日本ラグビーのターゲットは2019年に向かっていかなければなりません。2019年のRWC成功のためには優れた自国の代表チームの存在は欠かせません。そのためには、2019年の日本代表は準決勝進出が求められます。つまり、世界のトップレベルに位置することです。そのためには何が必要でしょうか」

「一番重要なのは日本独自のスタイルを構築することです。これまで経験してきたオーストラリア代表も南アフリカ代表も独自のラグビースタイルを持っていました。オーストラリアはアタック、南アフリカはフィジカルでした。オールブラックスはセブンズのようにプレーします。イングランドはセットプレーの強さでロースコアの接戦をものにします。そんな中、現在の日本はどうでしょうか。日本独自のスタイルをもっと明確に作り上げる必要があると思います。作り上げたら、そこにこだわっていく。そして、日本はフィットネスが強いです。フィットネスの強さにもっともっとこだわってよいと思います。また、加速力、最初の10メートルの速さは日本の特徴だと思います。また日本のラグビープレーヤーは世界のラグビープレーヤーと比較して、非常に高い教育水準を持っていると思います。私の知り合いの心理学の専門家、彼女は2003年にはイングランド代表、2007年は南アフリカ代表についていたので、2大会連続で優勝を経験しているのですが、その専門家がサントリーの選手を見て、『私のキャリアの中で最も教養の高い選手がそろっている』と言っていました。このエピソードからも、日本の選手は世界トップレベルの教養の高さだといえます。ですから、日本のラグビーでは、そういった知性の高さを感じるプレー、知識をフル動員したプレーを見たいと思っています。ただ、日本のラグビーを見ていると、どのチームも同じ選手の配置を行うなど、一律性を感じてしまいます。これは知性の高さが招いているのかもしれません。
ただ、ラグビーにおける知性の高さとは、言われたことを実践することではなく、判断力のことを指すのだと考えます。どこでパスをして、どこで走り、どこでボールをキープするのか。そいった判断力を日本選手の中でもっともっと培っていく必要があります。そして、こういった判断を重ねながら、ボールを常に正しい場所へと動かすプレー。これが日本がターゲットとすべきラグビーだと考えます」

「また、サッカーも参考になると思います。FCバルセロナは非常に優れたチームですが、決して大きい選手ばかりではありません。ただ、非常に高い技術を持っています。これに倣い、日本のラグビーも決して体は大きくないが、技術の高い選手を育てる必要があると思います。そして優れた判断力を有している選手、日本独自の、日本にしかできないゲームを展開できる選手。こういった選手を育て、世界の強豪に挑戦していくべきでしょう。
もう一つ、日本のラグビーがこれからやっていかなければならないことは、選手のリーダーシップの資質をもっと伸ばすことです。選手によっては、プレーよりも髪型が気になる、そう見受けられる選手が存在します。では、リーダーシップを伸ばすとは、どういうことなのか。自分のチームをいかに組み立てていくか、ということとも関連してくるのですが、昨年のサントリーでの例をあげますと、サントリーでは4つのグループ分けを行いました。それぞれのチームにリーダーを配置し、リーダーには試合以外の部分でもグループの責任者になってもらいました。こうして、選手がリーダーシップを発揮できる環境を整えましたが、こういった環境を作ることが日本のラグビー界ではもっと必要ではないかと考えます。ラグビーという競技でチームを構築していくことはとても重要です。チーム構築に必要なリーダーシップ。この資質において、日本の選手には非常に高い可能性を感じることができます」

「こういったことを踏まえて、日本が2019年にベスト4へ進むためには、このようなプロジェクトを2012年から始めなければなりません。今から有能な若手選手を集めて育てていかなければなりません。そうすることによって、2015年のRWCではベスト8に進めることとなります。その経験を通して、2019年には本当にベストといえる集団が出来上がるのです。また、この時に選ばれるメンバーのキャップ数は先に述べた600という数字になっていることでしょう。その選手たちが見せる日本独自のラグビーを、日本国民は目にするのです。スピーディーで、エキサイティングで、高い技術を誇り、チームのためにお互いが協力する、非常に魅力的なラグビーです。
2011年のRWCにおいて、オールブラックス選手のキャップ数は800を超えるものとなります。オールブラックスの監督は8年かけてこのチームを作ってきました。このオールブラックスと同じプロセスを日本は行っていかなければなりません。そして、それを実現することこそが、これからの日本ラグビーのチャレンジなのです。日本のラグビーは世界のどの国よりも高いポテンシャルを有していると私は確信しています。ただし、可能性だけではなく、それを実現するためにはビジョンが必要です。2019年、日本代表が独自のスタイルで日本国民を魅了し、これまでにない最高のワールドカップを日本で開催する。日本のラグビーにとってこれ以上楽しみなことはないでしょう。ただし、それを実現するために必要なのはビジョンです」

「現在の日本代表でもスーパー15で通用するような選手が二人います。HOの堀江選手、SHの日和佐選手。この二人はすぐにでも通用するでしょう。これからが楽しみな選手です。ただし、こういった選手がいる中で、どうやってチームをまとめあげ、強くしていくのか。ここが大事であり、日本代表の成功、RWCでの成功につながっていきます」

「2003年で準優勝、2007年は優勝とRWCで非常に素晴らしい経験をさせていただきました。RWCとは自分の人生でとても記憶に残る経験でした。こういった経験にまさに今挑戦している日本に対して、できる限りのサポートを行っていきたいと思っています。また、そのために日本代表を強くする、日本のラグビーを強くすることにどんどん協力したいと思います」

質疑応答
Q:6/26に開催されるチャリティーマッチの監督を務められますが、どういった戦い方をされますか?

A:ノーキック!
この試合、東北の皆様を助けるためには非常に大切な試合です。少しでも多くの義援金が集まるようにしたいと思います。そのために、見ている人が魅力的だと思えるゲームをしたいです。準備期間は2日間になりますが、十分です。気持ちの入った選手、ボールを動かすプレーをして、そして勝ちます。

Q:ジャパンが強くなるためには日本人選手が海外でプレーする必要があると思いますが、なぜ日本の選手は海外でプレーしないのでしょうか?

A:ラグビーはワールドワイドなスポーツだと思いますが、日本の特徴的な問題としては、国内で成功する選手はいても、その成功は日本の中で完結してしまいます。オーストラリアでは、選手は常に世界で一番になることを考えます。日本では日本で一番になることを考えているように見受けられます。日本人のこういった思考をまずは変える必要があると思います。そして、我々が世界で通用する選手を育てなければなりません。先ほど述べた、堀江選手、日和佐選手は十分活躍できると思いますので、海外へ出ていくことも必要だと思います。また、外国でプレーすることで日本のラグビー界にももたらされるものがあると思います。そういったことは非常に素晴らしいことです。海外でプレーする選手を目の当たりにすることで、日本で一番ではなく、世界を意識してプレーすることができるようになります。こういった現象は野球やサッカーで起こっています。ラグビーでも同じことができると私は考えます。

Q:12歳から18歳の年齢のプレーヤーへのトレーニング方法を教えてください。

A:大切なのは何のための練習かを示すことです。練習の際、この練習がどの技術を高めるための練習なのか。世界最強チームの練習も決して複雑なものではなく、シンプルなものです。ただし、必ず練習の目的がはっきりとしています。子供を指導する際は、どんなトレーニングを行う時でも目的を明確に伝えることがとても重要です。

Q:2016年のオリンピックに向けて、7人制日本代表の課題は?

A:まずラグビーにおいて15人制と7人制とは全く別物だという認識が必要です。求められるプレー、スキル、フィットネスが全く違います。
今、7人制強化で最も成果を出しているニュージーランドでは、7人制に可能性を感じた選手は7人制の専門として育てられます。2016年に向けての準備を行うならば、7人制に適した選手を集めて、これからの5年間、徹底的に育てることです。

Q:教養の高さが具体的にどのようにラグビーにつながるのでしょうか?

A:ラグビーで求められる判断力につながります。一つのシチュエーションで多くの情報を得られる選手はとても優秀です。そして、それを的確に仲間に伝えていく。どの情報がチームに必要で、どの情報が必要ないのか。情報の選択の際に判断が求められます。特にスクラムハーフ、スタンドオフではそういった資質が求められます。

Q:RWC2011の優勝チーム、オールトラリア代表と日本代表の成績を予想してください。

A:優勝はオールブラックス。RWCで優勝しているチームはとても優秀なキャプテンがいます。人間的に素晴らしい選手がキャプテンになっています。現在のオールブラックスのキャプテンはこれに値する選手です。
オーストラリアは若手選手中心のチームです。2015年のRWCで優勝すると思います。
日本はカナダには必ず勝つと思います。トンガはギリギリ。

Q:どのような日本人コーチがいればRWCで勝てますか?

A:国籍を問わず、成功できるコーチの要素は3つあります。
まずはラグビーに関して誰にも負けない知識を持っていること。ほかの誰にも負けない熱意を持っていること。また、代表コーチになりますとマネージメントに長けてなければなりません。そして、チームが一つになれる統率力をもっていること。これら要素を有するためには経験が必要かもしれません。
日本のコーチが成功する、ということに限りますと海外での経験は重要かもしれません。世界レベルで比較し、自分のチームがどこに位置するのか、目標までのギャップの大きさなどが把握できます。

Q:これからはずっと日本ラグビーに関わっていただけるのでしょうか?

A:今、サントリーでの指導をとても楽しんでいます。私は元教師なので、人に教える仕事を行っていきたいと思います。

Q:日本代表監督要請があった場合は監督になっていただけますか?

A:まず日本ラグビーはビジョンを持つことが必要です。そしてビジョンを実現するために真剣に取り組まなければなりません。トップリーグのトップチームはとても素晴らしいチームです。これをいかに代表チームにつなげていくか。そこにビジョンが必要です。そして、ビジョンを実現するためには人材も必要です。こういった条件が整った場合、日本代表監督というのは非常に魅力的です。

今回のみなとスポーツフォーラムにおいて、参加者からの参加費と、会場での募金額の合計108,794円は、東日本大震災の義援金として日本赤十字社へ寄付させていただきます。