ラグビーW杯「成功の定義」とは何か?
マーケティング部長が戦略を語る

公益財団法人港区スポーツふれあい文化健康財団と日本ラグビーフットボール協会が主催する「みなとスポーツフォーラム 2019年ラグビーワールドカップ(W杯)に向けて」の第49回が11月26日、東京都・港区の麻布区民センター区民ホールで開催された。今回はラグビーワールドカップ2019組織委員会・マーケティング部長の宮田庄悟氏を招き、「ラグビーW杯2019のマーケティング・プロモーション」というテーマで講義が行われた。

宮田氏は広告会社でマーケティングやコミュニケーションのプランニングを担当。組織委員会には今年の2月から参加している。直近の活動状況を説明し、ターゲットや基本戦略、W杯の成功の定義などについて、自身の見解を交えて語った。

■直近の活動と日本の市場分析

宮田庄悟氏
宮田庄悟氏

第1部の冒頭では、直近の活動状況と、日本におけるラグビーの市場環境の分析結果を紹介した。

組織委員会は11月5日に、14の開催都市立候補地を発表しており、来年の3月までに正式な開催地を発表する。これは過去4大会のスケジュールと比べて2年も早いものであり、その後の準備に時間を掛けることができるようになっている。16年にキャンプ地の選定プロセス発表や組み合わせ抽選会、17-18年にチケット販売やボランティア募集を開始するなど大まかなスケジュールが発表された。

次に、さまざまなデータ分析からマーケティング課題と市場機会を紹介。課題としては「市場規模の拡大」「高齢化対策(現状40代以上が69%)」「女性対策(男性が72%)」「ラグビーとW杯のブランディング」「W杯の認知向上」という5つを挙げた。一方で、市場機会としては、「若年層から高齢者の方々まで多数の愛好者がいること」「トップリーグのスポンサーに日本を代表する企業16社が参加していること」「日本代表の活躍」「7人制ラグビーがリオ五輪・パラリンピックで正式種目となったこと」「政府・自治体・経済界の強力な支援が得られること」などを挙げた。課題があるものの市場機会もあり、もっとやれることがあるということが分析結果から見てとれる。

■コミュニケーションの目的とターゲット

次にマーケティング・コミュニケーションの目的としては、以下の3つを挙げた。

(1)海外、日本でのチケットの計画的な販売
(2)W杯をラグビーそのものの普及の契機にする
(3)W杯を情報発信の機会に

(1)は、単純に黒字化を目指すということではなく、子どもたちなど多くの人に見てもらえる価格設定で、どのスタジアムも満員になることを目指す。(2)はW杯だけが盛り上がるのではなく、大会前そして大会が終わってからもラグビーの普及につながることを目的とする。(3)は、W杯を通じて社会や地域の一体感の醸成し、日本や開催される地域そのものの理解促進につながること、そのための情報発信の機会となることが目的だ。

そのため、ターゲットはコアファンやかつての選手・ファン、外国人だけにとどまらず、現在はラグビーファンとは言えないスポーツファンや開催都市の周辺住民に広げてアプローチしていく。

■ターゲットにアプローチするための基本戦略

前述のマーケティング・コミュニケーションの目的を達成するために、宮田氏が考える基本戦略は下記の通り。

(a)コア・ラグビー・ファン参画の運動を作る
(b)ファンとの新しい関係を作る。ラグビーへの見方、感じ方を変える
(c)ラグビーファミリーと一緒にラグビー普及活動、W杯の認知活動

ラグビーはロイヤリティーの高いファンがいるものの、ファン以外の関心が極端に落ちる。そのため、(a)では会員組織を整備し、ラグビーファミリーのデータベース構築。コアファンにラグビーを普及してもらう。(b)は時間がかかることとしながらも、ブランディングを行い、日本でやる意味、社会にとっての意味を伝えることでライト層のファンを取り込めるようなストーリーづくりを行っていく。(c)はW杯のみの普及活動をするのではなく、日本ラグビーフットボール協会(JRFU)の普及活動に連動し、ラグビーそのものの普及を図ることで、W杯の認知拡大を目指す。

■W杯「成功の定義」とは何か

最後に、何をすればW杯が成功したと言えるのか。宮田氏はいくつかの具体例を挙げながら、W杯にはさまざまなステークホルダー(利害関係者)がいることについて言及。それらすべての人たちが満足できるように、組織委員会として考えていかなければならないと話した。そして、来場者に「あなたの考える『成功の定義』は何か」というアンケートへの記入を呼びかけて、第1部を締めくくった。

■「成功の定義」について主な回答

休憩を挟んで行われた第2部では、第1部の講義に関する質疑応答および、W杯の「成功の定義」に関するアンケートの集計結果を元に、議論を深めた。

「成功の定義」について、来場者の主な回答は下記の通り。

・主な試合が満員になる。すべての試合は8割以上埋まる
・19年以降、ラグビー文化、ラグビー人口が根付く
・TOPリーグの観客数が倍になること
・ラグビーの裾野を拡大すること
・ラグビーをしたい子どもたちが増えること
・全国で芝のグラウンドが整備されること
・地上波でラグビーの放送がされるようになること
・開催都市の人々がボランティアとして参加すること
・参加チームが気持ちよくプレーできること
・競技施設が日本の将来に役立つこと
・国民のほとんどがW杯が日本で開催されることを知っていること
・来日する選手・関係者らが喜んで大会を振り返ることができる
・一過性ではなく、ラグビーの良さが多くの人に伝わること
・ラグビーのイメージがより身近になること

回答を受け、宮田氏は今後の大会コンセプトの作成や大会運営の参考にしたいとした。

■日本中でスクラムを組んで盛り上げたい

──他競技との連携はないのか?

「できればやっていきたいです。現在、五輪・パラリンピックの組織委員会とは定期的な会合を設けております。運営や準備の段階でいろんなことを協力していきたいと考えています。ラグビーW杯と20年の東京五輪という国際的なスポーツ大会が2年続けて日本で行われるということは、スポーツだけではなく日本のいいところをアピールできる機会が続くということです。さまざまな形での連携を模索していきたいと思います」

──キャンプ地を招致する際に大事にしてほしいことは何か?

「キャンプ地の選定開始は16年の予定です。応募いただいた地域をピックアップして、組織委員会として推薦できる候補を絞り込む過程があります。最終的なキャンプ地は各国が視察をし、大会スケジュールに合わせて最適なキャンプ地を選ぶため、組織委員会としてできることはキャンプ地としてのスペックを満たす地域を推薦することだけになります」

──ボランティアの募集要項について決まっていることは?

「まだまったく決まっていません。15年のW杯イングランド大会や東京マラソンなどの事例などを参考にしています。組織委員会としては、17年ぐらいにボランティアの募集、トレーニング方法やシステムを東京五輪と連携して決めたいと考えています」

──チケットの販売戦略について詳しく教えてほしい

「組織委員会としては黒字を目指しているわけではありません。日本がW杯を開催する意味としては、大会そのもので利益を出すこと以外にもたくさんあります。赤字を出すわけにはいきませんが、黒字ではなく、大会が盛り上がること、心に残る大会になることが組織委員会の願いですので、それを意識して考えていきます」

──日本がW杯を開催する意味は?

「単に試合が行われるだけではなく、その周辺で行われること。それに世界の人が参加して、世界の人がそれを見ることです。開催すること自体が、さまざまなステークホルダーに意義があるようにしたいと思います」

──見に行きたい、見に行ってよかったを作るには?

「見に行きたい、行ってよかったと思ってもらえる大会にすることが組織委員会の役割です。組織委員会は現在約20名程度でやっております。JRFU、政府・自治体と一緒になってやっていますが、最終的には日本中でスクラムを組んで、協力をして盛り上げていきたいと思います」

あなたにとってラグビーとは?

「私は02年のサッカーW杯日韓大会の招致にも関わっていました。その時に、W杯の開催は“国益”だと言われました。今回のラグビーW杯も、東京五輪と比べて日本全国で開催されますし、地方の現状を考えると、情報発信の大きな機会になります。
私にとってラグビーとは、若い頃は光輝いていたスポーツでしたし、憧れです。ただ、仕事としてやるのは、全国で開催される仕事をやれるからかもしれないですね。全国の人たちには、W杯を通じて地域の一体感を醸成することや、理解促進に役立ててもらいたいです。