小さなボディに大きなハートで世界と闘う

「日本のため」体現するコミュニケーター


むしろ、目立ち方としては前回大会の方があったかもしれない。

166㎝、71㎏。

どうしたって、サイズに恵まれないチームの象徴的な存在としては取り上げやすい。

4年前のニュージーランド大会では「世界で一番小さなプレーヤー」という田中史朗の存在が、RWCでの日本チームに関する話題としては際立っていたのは間違いないところだ。

それが、今回は世界中のメディアが田中のことばかりを取り上げることはなくなった。

この4年間にスーパーラグビープレーヤーにもなったのだから、メディアとしてはより取り上げやすくなったにも関わらず、だ。

それは、日本チームに関する情報が圧倒的に増えたことの裏返しかもしれない。

素晴らしいラグビーを続けながらイングランドの人々を、そして世界中のラグビーファンを魅了し続けている日本チームの話題としては、あえて「一番小さい」象徴的な選手を安易に取り上げなくても、他に伝えるべきものが取材する側にもたくさんあるのだ。

それは、本人にとっても望むべきことでもあるだろう。

もちろん、他のメンバー同様、田中が南アフリカに対するRWC史上最大のアップセットを皮切りにイングランドで快進撃を続ける日本チームにとって欠かすことのできない存在であるのは誰もが認めるところ。

「フミが加わればチームは変わる」

今シーズン、中々目指しているアタッキングラグビーが仕上がっていかないような時期、エディー・ジョーンズヘッドコーチは、ハイランダーズの一員としてスーパーラグビー制覇まで経験した田中の存在への期待感をそんなふうにダイレクトに表明していた。

ただ、田中自身は自分のプレーは他のSHと比べても、むしろ劣っている部分の方が多いとの認識でいる。

「自分よりもフィットネス、スピード、すべての部分で能力が高い」

田中自身がそう評価する、同じポジションのライバルに優っている部分があるとすれば、それは「コミュニケーション」の部分。

SRのシーズンを終えて日本代表に再び加わった田中が、チームメイトへの物足りなさとして感じたのも、まさにそのことだった。

「もっとコミュニケーションを取ってほしい。ハイランダーズと比べると、少し足りないというか、一定の選手しか声を出していない」

この7月にアメリカで合流した田中は率直にそう語っていたし、それが直接的に他のメンバーに向けて厳しい指摘になることもあった。

もちろん、厳しい言葉の背景にあるのは「チームのため」という考えだ。

チームスポーツをしている人間としては当たり前のこととも言えるが、「自分がグラウンドに立てなくてもチームが勝ってくれれば、それでいい」。

現在の田中の偽らざる考え方だ。

ただし、それはあくまでも“現在の”である。

そう。田中がそんな境地に至った大きな理由は4年前のNZ大会にある。

「4年前は個人の部分の方が強かった」。

正直な述懐だ。

チームが勝つためには、もっと言うべきことを言うべきだった。「ラグビーに遠慮という言葉は邪魔」。

それが、日本全体を背負う代表チームなら余計そう。強烈な後悔が残った。

「自分は日本代表としてワールドカップに来ているのに、日本のためにという思いが薄かった。持っていたつもりではいましたけど」

 普段から自分のプレーを見ることも少なくない田中だが、1勝もできずに終わった前回大会の映像に関しては、いまだに見ることはできない。

「ホンマにシンド過ぎる経験だったので」

それから4年。

ニュージーランドに赴き、スーパーラグビープレーヤーにもなった田中だが、一番の原動力になってきたのは4年前できなかったことをやり遂げるということ。

「あの時から自分たちのせいで日本でのラグビーの人気が下がった。少しのことをしてでも取り戻さないと」

 「南アはすごいのひと言」

スーパーラグビーを経験しているからこそ、田中は南アフリカの実力をそう語っていた。

ところが、フタを空けてみれば、「南アフリカが最大のターゲット」と言い続けてきたジョーンズHCに率いられてきた日本代表は史上最大のアップセットを実現。

その後、完璧な内容でサモアにも勝ち切り、「少しでも取り戻さないと」と言っていた日本でのラグビー人気は爆発中と言っていい。

「自分がグラウンドに立っていなくてもいい」という言葉どおりに、先発した田中の後を引き継ぐかたちでSH日和佐篤がしっかり試合を終わらせる役割を果たし続けてもいる。

 自分ばかりが注目を集める状況ではなく、かつラグビー人気が高まっている——まさに田中自身が望んできた状況にあると言っていい。

4年前の厳しい経験を発端に、「日本のラグビーのために」と田中が、もがいてきた努力が少なからず日本代表の快進撃に寄与したことは、チームメイトのみんなが知っていることでもある。

text by Kenji Demura

AR9Z1903

この4年間、時には厳しい言葉をチームメイトに向けてでも「日本のために」を貫き通してきた

photo by Kenji Demura