元NHK解説委員・山本浩が語るスポーツの「見せる戦略」

7月25日に開催された、東京都港区と日本ラグビー協会が主催する「みなとスポーツフォーラム 2019年ラグビーワールドカップに向けて」に、元NHK解説委員の山本浩氏が登場した。

NHKアナウンサーとしてサッカーや五輪競技の取材、実況を担当。現在は法政大学スポーツ健康学部教授を務める山本氏が、スポーツの「見せる戦略」について語った。

■スポーツを「見る」ことに執着する時代

山本浩氏
山本浩氏

今回はスポーツの「見せる戦略」に絞って話したいと思います。

まず、スポーツの魅力とは「する」ことがあります。子どものころから、自分がスポーツを「する」ことで楽しむということです。そして、規模が大きくなってくるにつれて「させる」人も必要になってきます。指導者、スタッフ、組織などですね。

近年はこの「する」と「させる」を凌駕する「見る」ということが出てきました。「見る」に執着する時代と言ってもいいでしょう。これは非常に大きな変化です。

スポーツを見るためにはテレビの存在は大きいと思います。今では各局で多くのスポーツが放送されています。テレビは最初のころはVTRがなく、録画ができなかったので生中継が基本でした。多かったのは講演や歌舞伎、そしてスポーツだったのです。スポーツは「見て、分かる」ものなので、当時のテレビにとっては大きな価値がありました。

スポーツのテレビ中継は技術革新によって進化してきました。サッカーのワールドカップでは1990年大会に16台だったカメラが、2010年には32台に増えています。これだけカメラが増えたのは、現場で見るよりもテレビで見る人の方が圧倒的に多いという現実があったからではないでしょうか。

スポーツを現場で見る場合には、「テレビに映らない部分を見る楽しみ」があります。逆にテレビが歓迎されるのは「現場に行かなくても見られる」からであり、「ビジネスになる」、「普及に役立つ」といった面でとらえる人もあります。

そして今ではインターネットでもスポーツが見られます。1人が1台、見られる端末を持っているご家庭では、チャンネル権争いもなくなっているでしょう(笑)。

■技術革新により「映像に力点が置かれる時代」に

近年、スポーツを中継する際のカメラは軽量化され、画像の鮮明度も上がりました。さらに通信技術の革新が新たなスポーツ中継を可能にしました。昔は撮影場所とテレビ局の間に障害物があると電波が届かなかったこともありましたが、今では衛星を使って、どこからでも中継できるようになりました。

ビデオの再生映像も進化しました。昔はビデオテープを巻き戻してから再生していたわけですが、今は録画しながら再生できる装置まで開発され、数秒前の映像をすぐに再生することができるのです。

映像はテレビだけのものではなくなりました。今ではビデオ判定にも使われています。スポーツ技術や戦術の進化により、ファウルかそうでないかを肉眼で判断するのが難しくなっています。「映像に力点が置かれる時代」になってきました。

ここでラグビーの魅力について考えてみましょう。ラグビーは「する」と「させる」が非常に大きく、密接につながっています。ラグビーをしていたという共通点だけで心の底から仲良くなれるような、独特な魅力もあります。しかし今の時代、多くの人に見せる力があるかと言えば、この点では「見る」に関わる部分が弱い印象があります。

私も秩父宮ラグビー場に時々出かけますが、お客さんの年齢層が高いのが目にとまります。東京六大学野球もそうですね。若い世代にどんどん広まってはいないのです。

ラグビーのトップリーグの観客動員数は昨季が34万7000人。これをさらに広げるためには広報戦略をこれまで以上にしっかりしないといけません。2019年のワールドカップ開催まではまだ時間があります。それまでにじわじわと違った状況にしなくてはいけません。

■サッカー史に残る名実況は「評価されるとは思っていなかった」

以下は質疑応答の一部。

──山本さんの名実況として知られる「東京・千駄ヶ谷の国立競技場の曇り空の向こうに、メキシコの青い空が近づいているような気がします」(サッカー・1985年ワールドカップアジア予選)のような言葉は事前に用意していたのですか?

実況前には「こんな感じかな……」という候補を3つ、4つは考えていますが、私は準備し過ぎると駄目でしたね。周りの雰囲気やピリピリしたムードを体で感じて、アドレナリンが出てくると、パン! と言葉が出てきます。
実際には「メキシコの‥‥」については評価されるとは思っていなかったですね。先輩にも怒られましたから。

1997年のサッカーで「ジョホールバルの歓喜」の実況も担当していましたが、事前には考えておらず、パン! と出た言葉がありましたね。試合途中で城彰二選手が倒れまして、そのときに「痛くないなら立ってくれ!」と言ってしまいました。

また、延長戦に入るときに日本選手が円陣を組んでいて、岡田武史監督が腕を組んで少し離れたところに立っているときに言葉が出てきまして、「このピッチの上、円陣を組んで、今、散っていった日本代表は、私たちにとっては"彼ら"ではありません。これは、私たちそのものです」。この言葉も印象に残っていると言ってもらうことが多いですね。

──実況しづらかったスポーツはありますか?

困ったのはアトランタ五輪のときでした。五輪のときはNHKと民放のアナウンサーが協力して実況を担当するんですが、ある日、急きょクレー射撃の放送をすることになったんです。クレー射撃を実況した経験があるアナウンサーがいなかったため、私が行ったんですが、解説者もおらず1人で担当しました。英語のルールブックと選手のプロフィールを読みながら、「この選手は釣りが趣味だということです」なんて話しましたね。「間」のあるスポーツですから、1人では大変でした。

──世界的なスポーツイベントを開催する際に、地域ができることは?

日本では五輪招致のキャンペーンは、何人かの有名選手のイベントとして終わってしまうことが多いですね。過去に五輪に出ている大多数の人は報道では大きく取り上げられません。多くのオリンピアンの持つさまざまな経験はすごく貴重だと思います。過去に五輪に出た選手を改めて取り上げながら、次代につなげていければと思います。

例えば港区にも五輪出場経験がある人がいると思います。外国の方でもいるのではないでしょうか。皆でスポーツを広めていって、その財産を共有できればいいと考えています。

■あなたにとってラグビーとは?

「『生き物』であると感じます。その時、その時の一人一人の"気"がぶつかり合う様子は変幻自在の生き物のようだと思います。もちろん、ほかのスポーツも生き物のように変化するんですが、ラグビーはパスもキックも、タックルもあって戦いのサイズが大きくなったり小さくなったりします。また、リズムも大きく変化します。見慣れてない人にはとっつきにくいかもしれませんが、見慣れてくるといろいろ分かるようになって楽しめるスポーツですね」