ラグビーワールドカップと東京五輪をセットで考える
重要なのは「おもてなし」

公益財団法人港区スポーツふれあい文化健康財団と日本ラグビー協会が主催する「みなとスポーツフォーラム 2019年ラグビーワールドカップに向けて」の第45回が6月26日、東京都・港区の麻布区民センター区民ホールで開催された。ラグビーワールドカップや五輪での豊富な取材経験を持つノンフィクションライターの松瀬学氏を迎え、「どちらがお好き? W杯と五輪?」をテーマに講義が行われた。

■2大会をつなげるストーリーが必要

松瀬学氏
松瀬学氏

松瀬氏はまず、ラグビーワールドカップと五輪という2つのビッグイベントが、同じ国において2年連続で行われるのは史上初であると説明。その上で、「こんな時代に生まれて、東京にいるというこの喜び、こんな幸運はない。だから、この2つのイベントにみんなで参加してもらいたいんです」と、2つの国際的なビッグイベントに懸ける思いを明かした。

また、松瀬氏は「僕はこの2つはパッケージだと思っています。19年にラグビーのワールドカップでワーッと盛り上がって20年東京五輪・パラリンピックになだれ込む。この2つをつなげるストーリー性が必要だと思っています」との見解を示した。しかし、その2大会をつなげる明確なテーマが、まだ今はないと指摘する。知恵を結集し、一緒に行動しましょうと呼びかけた。

■ラグビーワールドカップは“絆”、五輪は“平和”

そもそも、ラグビーワールドカップや五輪が開催される目的やその意義とは何なのか。
松瀬氏いわく、ラグビー文化とは“絆”である。“One for All”である。この絆を残すことに、ラグビーワールドカップ開催の大きな意味があるという。

松瀬氏がこう考える背景には、あるエピソードがある。2011年ニュージーランド大会の取材時、地元の方に「ラグビーワールドカップを開くメリットは何か?」と尋ねたところ、「Together」という言葉が返ってきた。

「その方は「ラグビーワールドカップに向けて、その町の子供、大人、年配の方が一つに(Together)になる。そして大会を開けば、世界の人たちと地元の方たちが一つになる。チームも一つになる。それがレガシー(遺産)として残る。その後もずっと絆が残るのです」と、こうおっしゃったんですね。なるほどと思った。自分の体験を考えても、僕は、ラグビーワールドカップのキーワードは絆だと思っているんです」

一方の五輪開催の目的は“平和”だ。現在はメダルや記録、国の威信を懸けた世界最高峰の大会という認識が強いが、近代五輪の父、ピエール・ド・クーベルタンの願いはその根底にあるオリンピズムや人生哲学にあるという。もともとクーベルタンはフランスの教育者だった。勉強したのが英国のパブリック・スクールのあり方だった。20歳のとき、ラグビー発祥の地、ラグビー校(ロンドン郊外)にも勉強にいっていた。オリンピズムのベースにはきっと、ラグビー精神が宿っているのだ。

「われわれがふだん言う“オリンピック”は、いわゆる“オリンピック・ゲームズ(大会)”ですね。でも、もっと大切なのは“オリンピズム”の精神。スポーツを通じて、肉体・精神・知性のバランスの取れた人間をつくり、国際理解、世界平和を推し進めていきましょうという考え方です。そして、平和建設を目指し、日々運動しましょうというのが“オリンピック運動(オリンピック・ムーブメント)”です」

その上で松瀬氏は、「オリンピック・ゲームズで勝つことは目標でしょうけれど、大きな目的は平和運動です。参加することに意義がある。勝利ではなく、闘うことが重要なのです。こういうようなことを理解して五輪のこともいろいろ考えていただきたいですね」と、五輪運動のより深い面にも着目してほしいとの考えを示した。

■2大会が共有しているもの、異なるもの

“絆”を残すラグビーワールドカップと“平和”を目指す五輪。この2つの世界的イベントは、共有している価値があると、松瀬氏はいう。

「オリンピック・ゲームズの価値はいろんなものがあります。“Excellence(卓越性)”“Frendship(友情)”“Respect(敬意)”“Fairplay(フェアプレー)”です。これはラグビーワールドカップも似ています。フェアプレーは、ラグビーのモットーですよ。“ノーサイド精神”ですから」

また、レガシーを残すこともこの2大会に共通して必要なことだ。松瀬氏が力を込めて語る。
「(15年ラグビーワールドカップイングランド大会と19年ラグビーワールドカップ日本大会での)ラグビー日本代表の目標は準々決勝進出ですね。でも目的は、向こう10年、50年、100年のラグビーを盛り上げるためのジャンピングボードにすることです。そして平和です、友情です。アジアを1つにする。こういったものがレガシーとなります。(そのために)どういったことをやるかというと、スポーツの力を再確認することです。スポーツの力とは生きる喜び・生きる力のこと。それを再確認して、ラグビーの価値、五輪の価値を高めていくんです」

その一方で、実際的な部分を見ると、ラグビーワールドカップと五輪では大きく異なる。ここで松瀬氏は、スクリーンに映し出された19年ワールドカップと20年東京五輪の対比表を示しながら、具体的な数字などを交えて説明した。例えば、開催地は、ワールドカップは国単位だが、五輪は1都市で行われる。期間もラグビーワールドカップが約1カ月半続くのに対して、五輪は2週間強だ。そのほか、マーケティング規模、開催経費などで大会規模を比較し、差異が述べられた。

■忘れてはならない被災地復興

大会の成功はどう計ればいいのか。松瀬氏いわく、判断材料となるのは収支(大会の黒字化)、開催国選手の活躍、ボランティアの活躍の3つだという。

そして、忘れてはならないのが、東日本大震災からの復興だ。特に子供たちにとって、ラグビーワールドカップ開催は大きな励みになると松瀬氏は訴える。

「(被災地でありラグビーワールドカップの開催候補都市でもある)岩手県釜石市で講演した時、中学生の女の子が僕に声を掛けてきたんです。その子はプロップをやっているらしく「どうすればスクラムが強くなりますか?」と(笑)。その子の夢は、19年に釜石でラグビーワールドカップに触れて、20年東京五輪で7人制ラグビーの日本代表となって活躍することだというんです。(ラグビーワールドカップ、東京五輪を通じた)このキャンペーンの中で、そういった子供たちが1人でも増えていくということが、(地元開催という)とてつもない幸運のメリットだと僕は思います」

■ラグビーワールドカップと五輪をどう橋渡しするか

休憩を挟んで行われた第2部では、第1部の講義に関する質疑応答と、19年ラグビーワールドカップと20年東京五輪・パラリンピックをつなぐストーリーについて、聴講者から寄せられたアイデアを元に議論を深めた。

──20年東京五輪はマスコミに大きく取り上げられていますが、19年のラグビーワールドカップはあまり取り上げられていません。なぜですか?

「僕も聞きたいです。これから(ラグビーワールドカップが)取り上げられていくには、日本代表がもっと強くなること、そしてスター選手が出ることです。サッカーの関係者とお酒を飲んだときに、「ヒーローやスター選手をラグビーも出してください」「スター選手は出てくるものではありません、つくるものです」と言われました。だからまず、来年のワールドカップで日本に頑張ってもらいましょう。そして、16年リオデジャネイロ五輪の7人制ラグビーでも日本代表が頑張る。出場は最低目標。五輪に出てメダルを獲得してもらう。そうすればメディアの露出も増えていくでしょう」

──ラグビーワールドカップと東京五輪をつなげるストーリーについて。両イベントとも共通のボランティアが担うのはどうか?

「ラグビーのワールドカップには各都市にボランティアが必要です。その方々が東京五輪でもボランティアを務める。連携、連続していくわけですね。ボランティアというのは、イベントを成功させる上でものすごく大事です。僕もずっと五輪、ワールドカップの取材をしてきましたけれど、ボランティアの質が高いと「いい大会だったな」と思います。ロンドン五輪は最高でした。北京五輪も良かった。11年ラグビーワールドカップの(ボランティアの)方々も、一生懸命されていました。ボランティアを連動させるのはいけるかもしれませんね」

──聖火リレーをつなぐというのはどうか?

「工夫次第だと思います。ラグビーワールドカップ前にアジアの各地をボールリレーする。そのボールを抱え、東京五輪の前にも聖火&ボールリレーする。とくにワールドカップ開催地&被災地でラグビーボールをつなぎ、ラグビーワールドカップの熱を東京五輪につなぐのです」

──2大会共通チケットの販売の可能性は?

「権利関係で難しいですが、検討の余地はあるかもしれません。ラグビーワールドカップのチケットを、五輪のどこかの試合の優先購入権ありにする。(五輪の)開会式は無理でしょうが。ただ、(ラグビーワールドカップのチケットで)そのほかのイベントを優先的に回っていくという考えはグッドアイデアですね。五輪の競技は厳しいかもしれないけど、五輪に関わるイベントに絡めていける可能性がある。パブリック・ビューイングであったり、五輪に関わる何らかのイベントであったり、そういったチケットならば可能性があるかもしれません。

僕はホテルの優待券やJRやバスの乗り物を併せた割引のパッケージチケットをつくり出すと、連動制というか関係性が増すんじゃないかと思いますね。」

共通するのは“おもてなし”

「いろいろありましたが、最後に“おもてなし精神”について言わせてください。おもてなしの基本精神とは「思いやり」ですね。相手への思いやりとは気配り。これはラグビーの最も得意とするところです。ラグビーという競技は謙虚ですよね。ボールを前に投げないんですから(爆笑)。スクラムだって、相手を支えて、普通は落ちない。フォワードだって、(ブレイクダウンなどの密集で)相手をまず、踏まない。思いやりがあるからです。こういう精神を五輪、そしてラグビーワールドカップに共通させることを大事にしていきたいですね。

ラグビーワールドカップ、五輪・パラリンピックで共通のキーワードは“和(輪)”です。日本の良さを出す“和”、平和の“和”、東京五輪の“輪”、ラグビーの楕円球の“輪”、人と人の“和”です。あえて言うと、東京五輪が“平和”、ラグビーワールドカップは“絆”。そして、これらに共通しているのが“おもてなし”の精神です。ワールドカップ、五輪をみんなで盛り上げていきましょう。私も書きまくりますし、呼ばれたら、どこでもしゃべりまくります。そうやって盛り上げていきます

あなたにとってラグビーとは?

「人生です。生きる力です。僕はラグビーによって生かされているナというのを最近、実感するんです。僕は大学までラグビーをやっていて、ラグビーを通して人間関係の幅を広げてもらい、また人格の骨格を固めてもらったと思います。
そりゃ、ラグビーでは理不尽な練習もありましたよ。でも、理不尽なことを経験するというのは生きる上で大事なことで、ラグビーを通して社会の理不尽なことにも耐えうる力がついたと思います。今でもしんどいときには『あのときに比べたら……』と思い出したりして。ラグビーはいろんなことを頑張るためのベースになっています。

ラグビー仲間はサイコーですよ。『あぁ素晴らしきかな、わがラグビー人生』です」