公益財団法人港区スポーツふれあい文化健康財団と日本ラグビー協会が主催する「みなとスポーツフォーラム 2019年ラグビーワールドカップに向けて」の第34回が7月25日に開催され、ロンドンオリンピック・パラリンピックに出場した選手が「アスリートから見る2020東京オリンピック・パラリンピック招致プラン」をテーマに語った。
ゲストは、レスリングのグレコローマン60キロ級で銅メダルを獲得した松本隆太郎選手と、アテネ、北京、ロンドンのパラリンピックに射撃で出場した田口亜希選手に加え、東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会の渡部徹事業部長も参加。ラグビージャーナリストの村上晃一さんが進行役を務め、終始和やかな雰囲気で進んだ。
今回のフォーラムはこれまでと比べて異色の講演だった。ラグビー一辺倒というわけではなく、オリンピック・パラリンピックの魅力をはじめ、夢や希望につながる「スポーツの力」をあらためて再認識できる、有意義な場となった。ラグビー愛好家の参加者にとっても新鮮であり、共感できる部分も多かったのではないだろうか。というのも、16年リオデジャネイロオリンピックからは「7人制ラグビー」が正式採用される。オリンピックはもう決して他人事ではないからだ。ちなみに、もし20年オリンピックの東京開催が決まれば、日本は開催国のため予選免除で男女とも7人制ラグビーに出場できる。

■ロンドンはパラリンピックもオリンピックと変わらぬ熱気

村上晃一氏、松本隆太郎氏、田口亜希氏
左から村上晃一氏、松本隆太郎氏、田口亜希氏

まずは、松本選手、田口選手のラグビーとのつながりから。群馬県邑楽郡出身の松本選手は父親が三洋電機社員であったことから、ラグビーとは遠からず縁があった。三洋電機ラグビー部時代からよく知っているという。それもあってか、現在は山田章仁(パナソニック ワイルドナイツ)とも親交がある。「他競技から学ぶことは多いし、刺激になる」と松本選手が話すように、ラグビーは少なからず好影響を与えているようだ。
一方、田口選手は甥っ子がラグビーをしており、その存在を身近に感じている。また、かつて神戸で働いていたことから、神戸製鋼のスゴさを目の当たりにした。2人ともラグビーとの接点があることが分かると、会場から拍手が沸き起こった。

続いては、ロンドンオリンピック・パラリンピックに参加して感じたこと、発見したことなどをアスリートの視点から語ってもらった。オリンピック初体験の松本選手は、緊張感の中、ある思いを胸に戦った。
「世界選手権とはやはり違いました。同じ世界大会なんですが、独特の雰囲気というか。本当に選ばれた人しか出られない舞台ですから。ただ、そのときに感じたのが一人で戦っているわけではないということ。これまで支えてくれた多くの人たちと一緒になって戦いました。それくらいの気持ちでマットに上がりました」

パラリンピックに出場した田口選手は、これまでにない感動を覚えたという。一般的に、パラリンピックはオリンピックと比べてどうしてもスケールダウンしてしまうと言わざるを得ない。しかし、パラリンピック発祥の地であるロンドンは違った。オリンピックパークをはじめ各会場は、オリンピックと変わらぬ熱気に包まれていた。
「私はロンドンオリンピックの雰囲気を直接は知らないんですが、『パラリンピックもそれと変わらないほどの盛り上がりだよ』と聞かされました。実際、応援はすごかったですね。オリンピックパークにはいつも観客があふれ、選手たちに熱い声援を送ってくれました。ロンドンの人たちのスポーツを見る目はすごいなと感心させられました」

■ボランティアではなく「ゲームメーカー」

オリンピック・パラリンピックを楽しんだのは観客だけではない。約7万人のボランティアも選手に負けじと大会を鮮やかに彩った。そもそも、ロンドンオリンピック・パラリンピックでは、ボランティアのことを「ゲームメーカー」と呼んでいたそうだ。田口選手が説明する。
「ボランティアではなく、ゲームをつくる、大会を盛り上げる。彼らはまさにそうでした。ボランティアというイメージではなく、自ら主体的に関わっていました。大会を盛り上げ、自分たちも楽しもうと。そんな彼らに助けられました」

松本選手、田口選手は自分たちが感じたことを、日本でも多くの人に触れてもらいたいと願っている。そのためにも、オリンピック・パラリンピックの東京招致を実現させてほしいと。松本選手は、東日本大震災の復興支援に携わった経験から、「子供たちの未来のため、笑顔を広げるためにも、スポーツが果たす役割は大きい」と信じている。田口選手は、東京でパラリンピックが開催されることになれば、「今後ますますバリアフリー化が進む」と期待を寄せている。さらに、「私がそうだったように、みんなが夢を持てるようになる。これはとても素晴らしいこと」と強く訴えかけた。

招致委員会の渡部部長は、20年オリンピック・パラリンピックの招致プランを紹介。ここまでの取り組みが順調に来ていることに加え、それでも開催地決定の瞬間まで予断を許さないと説明した。
「招致レースは三つ巴の様相を呈しています。報道等の内容では、6月あたりまではイスタンブールと東京がリードしているような印象を皆さんお持ちだと思いますが、マドリードが直近のプレゼンで追い上げてきました。東京としては順調に来ていると思います。最後までどこに決まるか分かりませんが、手応えはあります」

そして最後に、「東京オリンピック・パラリンピック実現のために私たちができること」として、渡部部長から参加者にこんな提案があった。「東京2020オリンピック・パラリンピック - Tokyo2020」のFacebookに「いいね!」をしよう、という呼び掛けだ。
「東京は現在約7万いいね!です。マドリードは約4万で勝っているんですが、イスタンブールは約8万なので負けています。Facebookのいいね!が増えたからといって、必ずしも有利になるとは限りませんが、少ないよりはいいだろう、ということで、ぜひとも皆さんで『いいね!』の輪を広げてください。開催地決定までになんとか東京は10万いいね!に行きたいと思っています」

■スポーツを一言で表現すると……「希望」「パワー」「全力」

フォーラムは休憩を挟んで質疑応答へ。その休憩中には、松本選手が銅メダルを披露してくれた。参加者は生で見る本物のメダルに大興奮。松本選手の計らいで、実際に手に取って重みを感じたり、写真撮影を行ったりと、メダリスト気分を満喫した。ちなみに、松本選手いわく、「メダルはやっぱり金メダルが一番重い」とのこと。後半の質疑応答では、「スポーツを一言で表現すると?」という難しい質問もあったが、松本選手、田口選手ともアスリートらしい、説得力ある回答で締めくくった。

以下は質疑応答の一部。

──世界大会で活躍する選手と、県大会レベルで精いっぱいの選手には、どんな違いがあると思いますか?

[松本] 自分もエリートではなかったので、県大会レベルでもがいていた選手です。そこからどう成長できるか。どんなレベルであっても明確な目標を持つことが大切だと思います。目標に近づくために自己犠牲を払ってでもできるか。いい指導者に巡り合うこと、いい環境で練習することももちろん要素のひとつですが、それは後からついてくるものです。極めようと思えば後々選べるものですね。それよりも、明確な目標を持ち、そのために何ができるかを考えることです。ダイエットでも同じことが言えます。「今日はいい。明日からやろう」と。また次の日「明日から」では、いつになっても変わりません。明日は今日の積み重ねの上に成り立ちます。スポーツもそうです。毎日の積み重ねがあって、目標にたどり着けるものだと思います。

──オリンピック・パラリンピックの開催地決定と同時に、採用競技(最終候補はレスリング、野球・ソフトボール、スカッシュの3競技)も決まりますが、どのような順番で発表されるのですか?

[渡部部長] 2020年夏季オリンピック・パラリンピックの開催地は2013年9月7日(現地時間)、アルゼンチン・ブエノスアイレスで開催されるIOC(国際オリンピック委員会)総会で決まります。その翌日8日に採用競技の決定、さらに10日にIOC会長選挙が行われます。世間一般的な興味は開催地、採用競技、会長選挙の順番ですが、IOCにおける重要性というのはその逆で、最後に一番重要な会長選挙が行われる、という流れになっています。

──スポーツを一言で表現するとしたら、どんな言葉ですか?

[田口] 私は「希望」ですね。25歳のとき、病気で車いす生活を余儀なくされました。ちょうどそのとき、長野オリンピック・パラリンピックを病室で見ていたのを思い出します。パラリンピックに出ようとか、そんな気持ちはまったくなくて。ただ、すごいなと。当時の私は未来を描くことがなくて、先のことなんて考えられませんでした。目の前のことで精いっぱいでした。それから射撃と出会って、障害スポーツに取り組むにようになったんです。それから少しずつ……。「次はこの大会があるよ」「ここで頑張れば次はパラリンピックに出られるよ」ということを言われていて、気がついたら「あれ、私、2年後のことを目標にしている!」と。射撃が生きる力になっていたんです。スポーツが希望をもたらしてくれました。

[渡部部長] スポーツは「パワー」でしょうか。夢や希望を持つこと、与えること、そういったすべての源になるのだと思います。東京にオリンピック・パラリンピックがやってくれば、選手や子どもたちがそれを目指して頑張ってくれます。そのためにも私たちがパワーを持って最後まで取り組んでいきます。

[松本] スポーツは「全力」です。今の時代、一生懸命頑張ること、全力を尽くすことがカッコ悪いと思われがちですよね。震災の復興支援で被災地を訪れても、先生たちから聞くんです。「最近の子どもたちは全力で頑張ることをカッコ悪いと思っている」と。でも、それは違いますよね。目標のために全身全霊をかけて頑張ること、ベストを尽くすことはとても尊いことです。スポーツに限らず、何事においてもそうです。そのときに私たち選手は何ができるだろうかと。目標に向かって全力で頑張る姿を見せることだと思うんです。それを見て子どもたちに何かを感じてもらえればと。その力がスポーツにはあると信じています。

田口亜希選手に聞く「あなたにとってラグビーとは」

男性のスポーツ、パワーとパワーがぶつかり合う激しいスポーツというイメージですよね。でも、女性でラグビーをやっている人に出会って印象は変わりました。ほかのスポーツ同様、女性らしさを生かせるスポーツなんだなと思いました。私たちは車いすラグビーを見る機会が多いんですが、まさに格闘技ですね。女性の車いすラグビーはまだ見たことがないので分かりませんが、男性の車いすラグビーはとにかく迫力があります。同じ選手としては、どうやって自分の身体をメンテナンスしているのかが気になりますね。

松本隆太郎選手に聞く「あなたにとってラグビーとは」

刺激を受ける存在ですね。同じ競技者として、トップレベルでプレーしている選手には共感できる部分もありますし、刺激を受けることも多いです。みんなが頑張っているから、自分も頑張ろうと。ラグビーではトップリーグの山田章仁選手と交友があり、いつも刺激をもらっています。2020年オリンピックが東京に決まれば、その前年の19年にはラグビーW杯が開催されるので、スポーツに注目が集まりますよね。そこで日本全体を盛り上げていきたいですね。そのとき、私がどのような立場にいるかは分かりませんが、指導者あるいは関係者として貢献できればと思います。