公益財団法人港区スポーツふれあい文化健康財団と日本ラグビー協会が主催する「みなとスポーツフォーラム 2019年ラグビーワールドカップに向けて」の第33回が6月15日に開催され、ラグビー日本代表ゼネラルマネジャー(GM)の岩渕健輔氏が「ジャパンvsウェールズ、今日の試合の楽しみ方」と題して、トークショーを行った。
番外編の今回は図らずも記念すべき、イベントとなった。ウェールズ戦当日、決戦を数時間後に控えた秩父宮ラグビー場の一室で、熱い議論が展開された。日本代表の課題は何か、今後どんな強化を図っていくべきか。熱心なファンは日本代表GMの言葉に耳を傾け、強化方針について疑問をぶつけた。参加者の思いはひとつ、すべてはジャパンが強くなるために──。その熱が選手たちに伝わったのか、2013年6月15日、日本代表は強豪ウェールズに歴史的勝利を飾り、日本ラグビー史に新たな1ページを刻んだ。

■2015年W杯までに500キャップを

  岩渕健輔氏
  岩渕健輔氏

ウェールズとは1週間前の8日、近鉄花園で対戦し、18-22で敗れている。この試合も含め、現在の日本代表が抱える課題について、岩渕GMはデータをもとに分析。具体的な数字を出すことで指針や世界との差を明らかにし、今後強化していくべき点などを説明した。まずは、数字で表した目標として、経験、試合数、FWの体重の3つを挙げた。特に、経験と試合数は相関関係にあり、強化プランのベースにもなっている。

「6月8日時点のジャパンの23人のキャップ数は384キャップ。これがワールドカップ(W杯)に出場するような国だとその2倍くらい。日本の経験不足は否めません。厳しいテストマッチを何試合経験しているか。その経験がチーム力に表れます。日本としては15年W杯までに23人の合計を500キャップに上げることを目標としています。これは1人あたり約25キャップが目安。タフなゲームを年間を通じて増やしていかなければいけません。

試合数に関しては、2012年に13試合をこなしました。ここにはアジア五カ国対抗も含まれるため、ランキング20位以内との対戦となると9試合しかやっていません。今年はウェールズと2試合、パシフィック・ネーションズカップ(PNC)も1試合増えました。秋には4試合を予定しており、何とか14試合を戦いたいと思っています。これが2010年は10試合しかできませんでした。日本の場合は、トップレベルとのテストマッチが重要。何とかその数を増やして、選手たちには15年W杯までに経験値を積んでもらいたいですね」

世界の強豪と伍して戦うには、フィジカルコンタクトは避けられない。日本の特長であるスタミナ、技術を生かしつつ、パワーでも対抗できるようにしたい。そのためには、スクラムで負けない強さ、重さを身につける必要がある。FWを強化するにあたって、その指標のひとつになるのが体重だ。

「2012年のチーム結成時、FW8人の体重合計は800キロ前半でした。それが(6月8日の)ウェールズ戦では874キロまで増えました。1人あたり4キロくらい増えたことになります。世界を見れば、ウェールズが889キロ、フィジーは898キロと、まだまだ差があります。フィジカルである程度対抗できないとどうしても戦えません。ここで重要なのは、単純に体重を増やせばいいわけではない、ということです。目指すのは、世界トップレベルの動き、速さを維持しながらの体重増。これは非常に難しいですが、大きな課題として取り組んでいきます」

■セットプレーの精度を上げ、ミスを減らす

もちろん、試合の流れの中でも改善すべき課題はある。岩渕GMは惜敗したウェールズとの第1戦のVTRを見ながら指摘した。モニターに映し出されたのは、スクラム、ラインアウトのセットプレーで簡単にマイボールを失ったシーン、あるいはイージーなミスだった。チャンスと思いきやミスを繰り返し、逆にピンチを招いてしまっては、勝てる試合も勝てない。逆転負けを喫したウェールズ戦はまさにその典型だろう。

「セットプレーの課題は先週のウェールズ戦でも露呈しました。マイボールのスクラムやラインアウトでつなげないのは苦しい。昨年秋の欧州遠征、ルーマニアとグルジアとの試合でもスクラムがあまり良くなかったのですが、これは勝敗を分けるポイントです。もうひとつ、大きいのはミス。勝負どころでミスをするか、しないか。ウェールズ戦はチャンスが多い試合でしたが、ミスでモノにできませんでした。この1週間でそれをどこまで修正できているか、注視すべき点ですね」

ウェールズ戦の意味については、ことさら強調するまでもなく、ラグビーファンであれば誰しも理解していることだろう。ただ、強化という視点から見ると、その重要性はよりはっきりとする。結果によって、直近のテストマッチの相手が変わってくるからだ。強豪とのタフなゲームを行うには、ランキングを上げなければ願ってもかなわない。

「秋のテストマッチはまだ対戦相手が決まっていません。これはランキングによって決まります。さらに、秋のテストマッチでいいゲームができないとランキングが上がらないので、その先のマッチメークも難しくなります。幸い、日本は6月にウェールズと2試合できましたが、2014年にも引き続きいいゲームを組めるようにしたいと考えています。そのためにも、今日のウェールズ戦は内容はもちろん、勝つことが求められます」

■2年後のW杯に向けて追い込み

トークショーの後半は、参加者からの質問に岩渕GMが回答する形式で進んだ。ジャパンの責任者に直接もの申す機会は多くない。この貴重な場を逃すまいと、生粋のラグビー愛好家たちはそれぞれの思いをぶつける。テストマッチや強化方針、エディー・ジョーンズヘッドコーチ(HC)の評価、ジュニア・ジャパンの総括など、質問は多岐にわたった。その1つ1つに、岩渕GMは真摯に答えた。

以下は質疑応答の一部。

──エディーHCのゲームマネジメントをどう評価しますか?

エディーHCが以前監督を務めていたサントリーと同じような戦いを、インターナショナルレベルではできないことははっきりしています。例えば、先週のウェールズ戦は今までもよりもキックが多かったと思います。いかに頭を使ってゲームを進められるか。80分同じことを続けるのは無理なので、この時間帯、このエリアではどんなプレーをするかを考えられるようになることですね。それをチームに落とし込んでいる段階です。今は2年後のW杯に向けて追い込んでいる時期で、試合の合間も練習が続いたりと、選手たちはきついかもしれませんが。

──パシフィックラグビーカップで6戦全敗に終わったジュニア・ジャパンの総括をお願いします

今回の試みとしては、ジュニア・ジャパンをうまくU-20代表の強化につなげたいという狙いがあり、ジュニア・ジャパンの7人をU-20代表にも選出しました。ジュニア・ジャパンの結果は残念でしたが、日本ではなかなか経験できない非常にタフなゲームができました。例えば、ブレークダウンやラックができたとき、そこに集まるスピードでまったく勝てませんでした。激しくしっかり当たるというラグビーのベースの部分で勝負にならない場面あったのです。従来であれば、日本のスキルの高さで勝ってきましたが、今年はスキルとフィジカルがなければ勝つことができないレベルまで上がっていました。これは日本代表の課題と同じですね。

■体重と俊敏性のバランスを取れるか

──FWの体重差5キロはどれくらい大きいのですか? 以前であれば10キロ以上差があったのが、5キロ差まで縮まったような印象を受けます。それでもまだまだ差があるという認識なのでしょうか?

我々としても体重はかなり近づいてきていると思います。ウェールズやフィジーと比べても、1人2キロしか違わないんですね。ただ、ゲームを見れば分かりますが、2キロしか違わないはずなのに、ボールが取れないという状況があります。ここは大きな問題で、もっと体重を増やせばいいのかという議論もあります。体重を増やしていい部分が消えてしまえば意味がないし、逆に言えば、体重がなくてもそこをうまくかわすことができればそれでいいわけです。そこで考えられているのが、1対1の状況を増やすことです。体重は少し軽いけど、俊敏性を生かして裏に抜けられればチャンスになります。そこのバランスを取れるか。力比べをしても勝てないけど、いかにいい状況に持ち込めるかが重要になってきます。

──エディーHCは15年W杯終了後に日本を去ると言われています。その後、19年W杯に向けてはどうなるのですか?

契約自体が15年までです。なので、19年まで延長するかどうかは分かりません。ただ、エディーHCも他のスタッフもそうですが、15年W杯で結果が出せなければ19年W杯はありません。今は15年W杯でいい成績を残すために、力を注いでいるので、そこに全精力を傾けてもらうまでです。