「日本ラグビーを救うためW杯で勝つ」
決戦まで5カ月、ジョーンズHCの決意

公益財団法人港区スポーツふれあい文化健康財団と日本ラグビーフットボール協会が主催する「みなとスポーツフォーラム 2019年ラグビーワールドカップ(W杯)に向けて」の第52回が4月2日、東京都・港区のみなとパーク芝浦内「男女平等参画センター(リーブラ)ホール」で開催され、ラグビー日本代表ヘッドコーチ(HC)のエディー・ジョーンズ氏が「ラグビー日本代表決戦の年」をテーマに講演を行った。

15年W杯は今年9月から10月にかけ、イングランドで開催される。4年後、W杯自国開催を控える日本ラグビー界にとって、今大会が大きな意味を持つことは言うまでもない。19年に向けて日本国内の機運を高め、ラグビー界に変革をもたらすため、ジョーンズHCはW杯で勝ちに行く。目指すのは、以前から宣言している通り、ベスト8(準々決勝)。世界のトップ10に入ることが、日本ラグビーを変える第一歩になると、ジョーンズHCは信じている。その決戦まで残り5カ月。指揮官が考える日本ラグビー界の課題、そしてW杯で勝利するための「3つのコントロール」について語った。

■W杯で勝って子どもたちに夢を与えたい

エディー・ジョーンズヘッドコーチ

エディー・ジョーンズヘッドコーチ

03年はオーストラリア代表HCとしてW杯準優勝、07年は南アフリカ代表テクニカルアドバイザーとしてW杯優勝に貢献。コーチとして輝かしいキャリアを持つジョーンズHCは、3度目のW杯に断固たる決意を持って臨む。「W杯はただ勝ちに行くための大会ではありません。日本のラグビーを救うためにW杯に行きます」。過去2大会、強豪チームを率いてきたのとは違う使命感を抱いている。

「W杯で勝つことで、日本の子どもたちに夢を与えたい」。現在日本ラグビー界に優秀な選手はそろうが、残念ながら子どもたちのヒーローにはなりえていないと、ジョーンズHCはとらえている。
「今の日本の子どもたちは、錦織圭になりたい、香川真司になりたい、イチローになりたいと思っています。しかし、ラグビーをやっている子どもたちにとってのヒーローがいません。私はラグビーを目指す子どもたちを育てたいのです。次の五郎丸歩(ヤマハ発動機)、田中史朗、堀江翔太(ともにパナソニック)になりたいと。W杯で結果を出せば、子どもたちにそうした夢を与えられます」

グローバル化が当たり前となった昨今、子どもたちが憧れるのは、日本を飛び越え、世界で戦うアスリートだ。これはどの競技、分野にも当てはまる。しかし、ラグビーにおいては、いまだ大学ラグビーが人気の頂点というのが現状だ。その結果、どうなるか。ジョーンズHCいわく、「子どもたちの夢が『大学ラグビーのスーパースターになりたい』で止まっている。これではインターナショナルでの活躍は期待できない」

高校、大学としっかりしたシステムを構築しながらも、その先、世界へと続く夢を描けない。日本ラグビーが抱える長年の課題、その根は深い。もっとも、ジョーンズHCはこの問題を解決できないとは考えていない。「唯一解決できるのは、文化を変えること。そしてマインドセットで意思を変えること」。そのためにも、W杯で勝利をつかみ、国際レベルの競争力を証明する必要がある。

■ハードワークとカオスの徹底追及

日本ラグビーを救うために戦うW杯。その目標に向かって、ジャパンが今、取り組んでいることは何か。ジョーンズHCは「努力」「態度」「準備」の3つをコントロールしていると説明した。

まずは努力、そのトレーニングシステムについて、ジョーンズHCはこう話す。
「私は武士道の考えを取り入れ、“モダン武士道”として規律とハードワークを重んじています。世界中の誰よりもハードワークするという覚悟を持っていないと、日本代表でプレーすることはできません。そしてヘッドスタート。これは朝5時半からトレーニングを始めることです。もちろん、ただハードワークするだけではありません。現代的な要素を組み合わせた中で行います。GPSを用いてスピードや走行距離を測り、しっかり栄養、睡眠をとります。こうしたデータ分析、スポーツ科学を取り入れ、国際試合で通用する力をつけていきます」

スピード、体力といったベースのレベルアップを図りつつ、週3回行うゲームトレーニングでは、混乱状態を作り出し、全員が瞬時に考えてプレーに移せるよう、判断スピードの向上を目指している。
「セッション中、コーチングや指導は最低限に抑えています。なぜなら、試合中にコーチがアドバイスできるのはハーフタイムだけです。フィールド上で起きていることはすべて選手たちの責任であり、自分たちで解決方法を見つけていくしかありません」

ジョーンズHCの狙いはこの点にある。日本人選手はコーチをリスペクトするあまり、コーチが言うことをそのまま受け入れがちだが、それは試合では通用しない。「ラグビーでは絶対にこうなるという状況はありません。非常にカオス(混沌)なゲームなのです」。ジョーンズHCはこれまでも事あるごとに、カオスという言葉を繰り返し、選手たちに考える習慣を植え付けてきた。その作業も、いよいよ大詰めを迎えている。

■勇気を持ってポゼッションラグビーを

次は「態度」。ジョーンズHCがジャパンに求めるのは、国際レベルの選手がプレーすること、そして日々勝ち、勇気を持つこと。とりわけ、ジョーンズHCが志向するポゼッションラグビーを展開するには、勇気が欠かせない。

試合状況によってはキックで対応することはあっても、それはあくまでボールを取り返すためのもの。ハイパントは蹴らない。ラインアウトはクイックで行い、スクラムを組んでもすぐに出してボールを動かす。体格で劣る日本が世界で勝つためのすべ、これが“ジャパンウェイ”である。「実現するには非常に大きな勇気が必要。オーソドックスなラグビーをするのは簡単だが、それでは意味がない。準々決勝に進むためにはチャレンジしなければ」。難しいことは承知の上だが、ジョーンズHCの決意は揺るがない。

最後に語ったのは「準備」だ。ここでは対戦チームに対しての具体的な戦術、また本番に向けてのプランが語られた。

W杯プール戦で戦う、南アフリカ、スコットランド、サモア、米国に対して、ジョーンズHCはすでに策を考えている。
「南アフリカとスコットランドはラインアウトが強いチーム。そしてスコットランドが負けるケースというのは、ライアンアウトが少ない試合です。なので、スコットランドと戦う際、タッチキックはあまり蹴りません。南アフリカも同様です。追及するのは、セットピースのない展開を作ること。つまり、ゲーム、相手を混乱させるようなカオスの状態に持ち込むことです。一方で、サモアと米国はその逆です。両チームともセットピースは強くなく、日本にアドバンテージがあります。そのため、セットピースをにらんだ展開を試みることが必要でしょう」

もう1つ、準備で大事なこととして、ジョーンズHCは事前に本番と同じ環境を体験することを挙げた。これは、過去のW杯に出場した選手、コーチたちと話して出てきたアイデアだ。試合が行われるグラウンド、宿泊先など、すべて未経験のまま本番を迎えていたことから、日本は場慣れする前に雰囲気にのまれてしまったという。その教訓を生かすべく、今回は「W杯本番、自分たちはどんな環境で試合を行うのか、その状況に慣れるため」にイングランド遠征を4月19-23日に実施する。

そして今後の強化試合について、ジョーンズHCは「もちろんすべて勝ちに行くが、勝利以上に大事なのは、W杯でどういう試合をするかに焦点を絞って戦うこと」と位置付け、「すべてはW杯でいい試合をするための準備」と、その意図を明確にした。

■私に感化されて変わることを期待

休憩を挟んで行われた第2部では、参加者とジョーンズHCとの質疑応答が行われ、日本ラグビーを思う参加者からの問いかけに対しても、ジョーンズHCは熱弁を振るった。

──保守的な傾向が強い日本人に対して、文化の変革を行おうとすると、たくさんの障害や壁が出てくると思います。それをどのように解決したのか、あるいはこれからしていくのでしょうか?

「自分の仕事は、日本代表チームのコーチです。チームを勝たせることが自分の仕事です。それができれば、人々が私に感化されて変わろうという気持ちになるかもしれません。

先週イタリアに行きました。1年前、イタリアはトップ10に入っていましたが、今は15位に下がってしまいました。何があったのかというと、イタリアの育成システムに大きな問題が生じていたのです。日本とはまた違った問題です。しかし、イタリアも日本と同様、変化することに抵抗意識を持っています。私はあくまでコーチなので、いいチームを作ることしかできません。ただ、それを成し遂げることによって、人々がそれに感化されて考えが変わっていくことを期待しています。

これまで何度も言っていますが、日本人選手は非常に高いポテンシャルを秘めています。体が大きくないことは不利ですが、タフで忍耐強く、教えがいのある選手たちです。JAPAN WAYで勝負をすれば、世界のどこのチームも真似できない、独自のラグビーができると思います。私の狙いはそこです。

そして自分たちを信じて貫き通すことです。負けたからといって、すぐに戦い方を変えなければと考えてはいけません。例えばオールブラックス(ニュージーランド代表の愛称)を見てください。10年前、10回中4回はオーストラリアに負けていました。それが今では10回中9回勝つほどになりました。ニュージーランドが目指すラグビーを信じ、貫き通したからです。

彼らはたとえ負けたとしても、戦い方を変えようとはしません。課題があると受け止めます。これはわれわれにとっても必要なことです。勝てると信じて、そのスタイルを貫き通すこと。そして、そのスタイルを実践できるスキルを持った選手を育成することが大切です」

■コーチは日々勉強、常に学ぶ心構え

──高校、大学レベルでラグビーIQを高めるには何が必要でしょうか?

「先日U-18のキャンプに行きました。そこで40人くらいの選手たちに聞きました。『1日3時間練習している人は?』と。すると30人が手を挙げました。しかし、ラグビーで毎日3時間練習をこなすのは、本来ほぼ不可能なことです。ラグビーはフィジカルのゲームだからです。私はコーチ歴20年になりますが、3時間のトレーニングをしようとしたら何も考えられません。

さらに『4時間練習している人は?』と聞いたら、2人が手を挙げました。『4時間以上の練習は?』と聞くと、一番前に立っていた細い選手が『自分は5時間練習している』と答えました。その5時間で何をしているのか聞くと、最初の1時間半はランパスをしていると。でも、実際の試合で4人が並んでランパスするシーンを見たことがありますか? 試合で行われないのになぜそんな練習をするのですか。

ボールを持ったときは必ず前にディフェンスがいます。ボールをパスするのは、ディフェンスが前にいるから。ディフェンスが詰めてきたらパスをします。もしディフェンダーが詰めてこなかったら自分で仕掛ければいいのです。4人を並べてランパスするなんていうのは本当にバカげたことです。その考えを変えないといけません」

──世界で通用するために、指導者のレベルアップとして望むことは?

「勉強です。いいコーチになるためには日々、常に勉強しなくてはいけません。自分はコーチ歴20年の55歳です。けれども、いまだに自分よりも知識を持っている人のところに行って話を聞きます。ビジネスと一緒でラグビーのコーチングも常により良い方法、新しい方法があります。そして学ぶ準備、学ぶ心構えがないといけません。

自分の経験から言うと、日本のコーチ陣はあまり学ぶ姿勢が見られません。すべて自分は知っているんだと思い込んでいます。大学でチャンピオンになったから、自分はラグビーのことをすべて知っていると。なので、何も言われたくない。他人に言われたことを受け入れない。そのメンタルでは変化できません。

私は昨年11月にドイツのサッカークラブ、バイエルン・ミュンヘンに行き、ジョゼップ・グアルディオラ監督に会いました。彼と話して分かったのは、昨年自分がやったコーチングがどれだけ足りないところがあったか、ということです。恥をかきました。学び、反省することが多かったです。あらためて自覚したのは、コーチとしていろいろなアドバイスを聞いて学ばないといけないということです。ほかのスポーツでも成功しているコーチの話を聞き、その意見を取り入れ、どう活用できるかを考えます。日本には非常に優秀なコーチがいます。けれども、なぜかラグビー界では学ぶ姿勢に対して、抵抗がある人が多いように思います」

あなたにとってラグビーとは?

「最も美しい競技、世界で一番美しい競技です。選手がいいパフォーマンスを発揮できると、フィジカルとスキル、戦術がすべて重なっていい試合になります。そしてゲームはまったく予測ができない。それがラグビーの魅力です。

ラグビーはさまざまな方法で戦って成功できる競技です。例えば、イングランドならモールもできるし、キックもできます。ニュージーランドは最も身体能力が高い選手たちが集まるチームです。そして南アフリカは体格的に世界一大きいチームです。日本は(W杯に出場する国の中で)一番小さな体格です。W杯ではそうした国々が、それぞれの特性に合った独自の戦い方でぶつかり合います。そこにW杯の面白さがあるのです」