日本がスーパーラグビーに参戦する理由
頂点を目指し下した決断の裏側

公益財団法人港区スポーツふれあい文化健康財団と日本ラグビーフットボール協会が主催する「みなとスポーツフォーラム 2019年ラグビーワールドカップ(W杯)に向けて」の第51回が3月4日、東京都・港区のみなとパーク芝浦内「男女平等参画センター(リーブラ)ホール」で開催された。
今回はラグビー日本代表ゼネラルマネージャーの岩渕健輔氏を招き、ラグビージャーナリストの村上晃一氏の進行のもと、「スーパーラグビー参戦について」をテーマに講演が行われた。

■継続的強化のために参入を決断

岩渕健輔ゼネラルマネージャー

岩渕健輔ゼネラルマネージャー

スーパーラグビーとは、南半球のニュージーランド、南アフリカ、オーストラリアのトップクラブ計15チームが参加する世界最高峰のリーグ。16年から参加チームが18チームに拡大し、アルゼンチン、南アフリカ、そして日本から計3チームが正式加入する。
 岩渕氏によれば、日本から参加するチームは日本代表とは別に編成され、チーム運営も今回のために新たに設立される団体が担う。初代監督はすでに候補が絞り込まれており、その他のスタッフについては「(日本代表と)同じスタッフ構成を基本にして」集められる予定だ。参戦の期間はまずは20年までの5年間で、その後については追って検討される。

スーパーラグビー参入の理由は何か。岩渕氏を突き動かしたのは「今後、継続的に強化をしていくためには、そのレベルでの試合をやり続けなくてはいけない」との強い思いだったという。実際、日本代表が世界のトップチームと対戦できるのは、基本的に6月と11月にそれぞれ3週間しかない。この状況から脱却し、常に高いレベルで試合を行わないと「(世界の)トップ10に入っていくことは難しい」というのが岩渕氏の考えだ。

また、19年のW杯日本開催も大きな後押しになった。岩渕氏も「ホスト国がかなり高い競争力で戦えないと盛り上がらない。当然、ワールドラグビー(旧IRB)にもそういうスタンスがある」と説明する。自国開催のW杯が4年後に迫り、世界のトップを目指す方法が限られる中、今覚悟を決めなければという思いがあったという。

■“世界基準”がもたらす効果

スーパーラグビー加入により、日本にはどんなメリットがあるのか。岩渕氏がまず挙げたのは、日本のラグビーそのもののレベルアップだ。16年から試合数が増加することで、メディア露出や生観戦など、ファンのラグビーへの接触機会が増える。その結果、ファンの試合を見る基準が世界レベルに引き上げられ「そういう基準で見ていただくようになると、国内の(選手やチームの)レベルもそこに追いつこうとするようになるし、追いついてくると思う」という。

岩渕氏がモデルとしているのは、07年W杯フランス大会で3位に食い込んだアルゼンチンだ。同国は1997年には日本に敗れたこともあり、決して強豪国というわけではなかった。しかし、その後強化に乗り出し、10年後のW杯で表彰台に上った。
「アルゼンチンが10年かけてやったことを日本は5年でやりたい。19年のW杯が終わったあとには毎週、ニュージーランドかオーストラリアがやってきて試合をするといったふうに変わっていかないと、世界の強豪からは取り残されますよね」

さらに岩渕氏は、スーパーラグビーの次の展開として、ザ・ラグビーチャンピオンシップ入りももくろんでいる。もともとは南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランドによる『トライネイションズ』として開催されていた大会だが、12年にアルゼンチンが加入し、現在の4カ国となった。日本もスーパーラグビーを足掛かりに、アルゼンチンの後に続くことができれば...というのが岩渕氏の思惑だ。

■課題をチャンスに変えて

しかし、当然課題もある。その1つが、収入源の確保だ。岩渕氏いわく、スーパーラグビー加入に伴うコストは、自分たちの収入でカバーしなければならないという。チームスポンサーの獲得、国内開催試合の入場料収入などが主な財源となるが、具体的な話はこれからになる。ただ、岩渕氏は「財務体質をどうしていくかは大きな問題。スーパーラグビーを通して本当に黒字で運営できるようになっていくのかどうかは、本当に大きな課題になる」と認識しており、これを機に財政体制を整える意向だ。

また、国内大会とのスケジュールの兼ね合いも懸念されている。9月から始まるトップリーグとは日程的に被らないものの、試合数の増加による選手の負担は大きい。岩渕氏は「そういう中でもできるタフな選手が育っていくということが一番」としながらも、「トップリーグや大学、あるいはほかのカテゴリーも含めてトータルに考えて、一番いい形にしないといけない」と国内スケジュールの根本的な変更も視野に入れている。

■19年W杯があるから進んだ選手強化

休憩を挟んで行われた第2部では、第1部の講演に関する岩渕氏との質疑応答が行われ、スーパーラグビーについて活発な議論が行われた。

──スーパーラグビー参戦の実現はかなり大変だったのではないか?

「19年のW杯は本当に大きいことだと思います。つい数日前に会場が決まりましたが、ちょうど(招致活動から)4年くらいでW杯(の日本開催)が決まって、(大会当日まで)もうあと同じくらいしか時間がない。そういう意味では進みが遅いという見方もあると思います。実は、今の代表チームはこのW杯に向けてかなり強化を進めてきて、それにかなりお金を使ってきたんですね。ただ、そういう意味では強化に向けた試みが19年があるからいろんな形でいい方向にいった、と。それがあるから、スーパーラグビー(加入)も前に進められたと思います」

──スーパーラグビーに学生の選手や正社員の選手が出場することは可能か?

「例えば今、藤田(慶和)選手や福岡(堅樹)選手が大学生ながら4月から日本代表でプレーしていますが、学校との調整に問題がなければ当然プレーすることができるようになると思います。また、そういう方法が出てくるか分かりませんが、松島(幸太朗)選手がそうであったように、高校からスーパーラグビーのチームに行く選手が日本の中でも出てくる可能性は十分にあると思います」

──日本チームの選手の収入はどうなるのか?

「そこは今かなり議論があるところです。運営母体となる団体が別にできることになっていて、その団体が選手の契約や、選手が所属するチームとの契約を考えていくことになっています。なるべく3月中にそこを詰めていくつもりです」

──ラグビーはサッカーや野球に比べて圧倒的に地上波やBSでのテレビ報道が少ない。スーパーラグビー加入によってメディア露出が増えると思うか?

「増えなきゃいけないと思っています。ただ、この間のマオリオールブラックス(対日本、14年11月)も地上波でやっていただきましたし、15年9月のW杯(イングランド)もそういう方向で話が進んでいます。そういった大きなイベントを通していろんな形で皆さんの目に触れる機会を増やしていきたいですね。スーパーラグビーは続いていくので、19年に向けて露出をいかに増やすかは重要ですし、15年(のW杯)に向けても増やしていく予定で話が進んでいます」

■参入を機に変わっていかなければいけない

──トップ選手はスーパーラグビー、トップリーグ、日本選手権、日本代表とものすごく試合数が増えるが、協会として選手の体調管理をバックアップする枠組みはあるか?

「先ほどもお話した通り、これから試合数の問題はすごくクローズアップされるでしょう。ヨーロッパではかつて試合数があまりにも多かったので、一時期、選手の出場試合数を制限したことがあります。今回、スーパーラグビーでプレーオフまで行ったら、トップリーグと代表チームの試合を含めると(年間試合数が)30は超えて40に近づくと思います。それを考えると、スーパーラグビーはある程度の枠を持ってローテーションのような形で戦うといったことも、選手の体調管理の上で考えなければいけないことだと思います」

──他のスーパーラグビーのクラブのように、下部組織を作って若手を強化していくことは?

「そこがひとつ大きく考えないといけないところで、U20の強化を考えても、当たり前のレベルを変えるという意味では、やはり18歳-20歳の選手たちがそういう(高いレベルの)ところで毎日を過ごすというのが大切になってきます。そこは方法を考えているんですけど、うまくやれるかどうかは分かりません。ただ、大きく変われるひとつのきっかけになるので、考えないといけないと思います」

──日本代表のエディー・ジョーンズ・ヘッドコーチのノウハウ継承に向けて何かしていることは?

「(ノウハウ継承は)ずっと日本の課題です。代表チームに今、日本人コーチはラグビーコーチとトレーニングコーチの2人が入っていますが、彼らを含めて、そういった(継承)活動というのは19年W杯に向けてやっていかなければならないと思っています。スーパーラグビーはその点も大きなところです。日本代表のチームですと1つのチームでしかなかなかできませんが、(今後は)両方のチームのコアなところは同じにしながらも、スーパーラグビーのスタッフに日本人を多く入れるということは考えていかなければなりません」

──19年W杯以降の日本のラグビーをどのようにしたいと思っているか、実現のためのロードマップは?例えばトップリーグのプロ化も考えているか?

「トップリーグについては、トップリーグそのものが今のところプロ化になるという話は出てきていません。日本のラグビーは、世界的にはあまり例がない形で発展をしてきて、その中で今回、世界と戦っていく中での方向性のひとつとして、スーパーラグビーに参入するということなんです。スーパーラグビーでは当然、トップリーグの選手たちが多くプレーすることになるため、選手の契約や生活のことについては、今度のスーパーラグビーが始まるまでの間にある程度解決しないと進まない話だと思います。そういう意味では、今回のスーパーラグビーを機に、いろんな形で話をしながら変わっていかなければならないことがあると考えています」

あなたにとってラグビーとは?

「『未来を形作るもの』でしょうか。僕はラグビーをずっとやってきたので、ラグビーを通じて日本そして世界の明るい未来を皆さんに見てもらいたいとずっと思っています。今の自分にとってはラグビーとはそんな存在ですね」