公益財団法人港区スポーツふれあい文化健康財団と日本ラグビー協会が主催する「みなとスポーツフォーラム 2019年ラグビーワールドカップに向けて」第38回が12月4日、東京都・麻布区民センターで開催された。

今回のゲストは、ラグビーワールドカップ2019組織委員会のマット・キャロル氏。2003年にオーストラリアで開催されたラグビーワールドカップをジェネラルマネージャー(GM)として成功に導いたキーマンの登場に、会場となった麻布区民センターは満員の賑わいで、エアコンが不要なほど熱気に包まれた。しかし、W杯開催のプロモーションビデオの上映とともに講演が始まると、キャロル氏の一言一句を聞き漏らさないという観客の集中力で、会場は緊張感が漂う。「ラグビー伝統国以外で初めてとなるRWC2019の開催は成功するのだろうか」。日本のラグビーファンなら誰もが不安に感じているこの問いに対し、ラグビージャーナリスト・村上晃一氏の進行のもと、キャロル氏が答えた。

■2003年大会を成功に導いた3つの要因

マット・キャロル氏
マット・キャロル氏

ラグビーワールドカップ2019は成功するのかを言及する前に、まずはキャロル氏がGMとして携わった2003年オーストラリア大会を振り返り、そのヒントを探ることとにした。

もともとニュージーランドと共催で開催される予定だった2003年大会だったが、2002年初め、ニュージーランドが開催権を返上したことからオーストラリアの単独開催となった。残りわずか18カ月という国際大会としては異例の短い準備期間の中、キャロル氏は準備で重視した点について「会場」「チケット」「参加選手のコンディションの確保」の3点を挙げた。
「オーストラリアには非常に素晴らしい会場があり、チケットに関しては適切な価格設定、販売プロモーションを行うことができました。また、参加20カ国が良いコンディションで素晴らしい試合を見せてくれるよう、いつも選手を中心に据えて準備を進めることができました」

さらにキャロル氏は重要な要素として「ファンの盛り上がり」を挙げて、こう続けた。

「ファンの方々、とりわけラグビーワールドカップは子どもたちのものでもあります。ラグビーが好きな人もそうでない人も、おそろいのユニホームを着て、自分の国を応援するばかりでなく、ゆかりのある国や自分の地域に来た国を応援する光景が2003年には多々見られました。

われわれは、自国開催をするにあたり、ラグビーワールドカップを通して、開催国を盛り上げ、ラグビーを盛り上げることが必要です。ただ、そのためにすべての人がラグビーファンである必要はありません。オーストラリアでも決して全員がラグビーファンではありませんでした。ただ、ラグビーワールドカップの開催を通じて、みんなで盛り上がようという機運を高めることが必要です。2019年には、2003年にオーストラリアで見られたような光景を、日本で見るため、準備を進めなければならないでしょう」

2003年大会は48試合で189万枚のチケットを販売し「成功」と位置づけられ終了した。大会の盛り上がりは会場に人が集まって実現するもの。オーストラリアではどんな施策を行ったのか。村上氏が追求すると、キャロル氏は具体的な施策を明かしてくれた。
「ラグビーの根付いていないタスマニアでは、会場3万人のほとんどが生でラグビーを観戦していない人たちでした。そこで、誕生日の奇数や偶数で応援する国を分けたり、子どもたちには学校ごとに応援する国を振り分けたりしました。チームを応援して勝利するプロセスを経験してもらうことで、ラグビーを観戦しようという機運を高めました」

■盛り上げの機運が重要……ファンゾーンにも注目

では、日本でどのようにしたら人が集まると考えているのだろうか。キャロル氏は「ラグビーを一度も見たことがない人が足を運ぶケースが多いでしょうが、盛り上げていこう、大会を楽しもうという機運作りができればうまくいくはずです」と強調する。

「大学ラグビーではたくさんの人が集まる、これは日本ラグビーにとって強みのひとつです。さらにトップリーグでは世界的な企業がたくさん出資している。これは世界的に見たらユニークなことで、これらの良い材料をうまくひとつにしていけば、今後数年間でさらに日本ラグビーが栄えると思います」

また、「ファンゾーン」の存在も注目だという。ファンゾーンは、お祭り的な雰囲気でファン同士が交流したり楽しんだりできる会場のこと。ラグビーワールドカップ期間中は各開催都市にファンゾーンが設けられ、パブリックビューイングやお酒を飲んだり、各国のファンとコミュニケーションを図ることなどができる場となる。このファンゾーンによって、ラグビーワールドカップならではの雰囲気を町全体に作り出し、機運の高まりにもつながっていく。「みんなで集まって雰囲気を味わいながら、いっしょになって観戦することで、盛り上がりにつながるでしょう」。

■簡単ではないチャレンジだが、日本にはチャンス

ここからさらに村上氏はラグビーワールドカップの成功へ向けて、核心に迫っていく。これまでラグビーワールドカップはオーストラリアやニュージーランド、イングランド、南アフリカなどのラグビー伝統国と言われる地域で開催してきた。2019年はアジアで、そして伝統国以外で初めてのラグビーのビッグイベントの開催となる。

キャロル氏は「今までの大会とは違う特別な大会となるでしょう。しかし、その分、これまでにない成功を収める大会になると信じています」と高らかに宣言。そのための鍵として、以下のように話した。

「第1にたくさんの人に会場に来てもらって、会場を満員にすること。第2に、海外から来た方々をボランティアを中心に『おもてなし』し、良い経験を積んで帰国してもらうこと。第3に、主に組織委員会から見てですが、収益をきちんとあげることも大事です。この3つをきちんとこなして、日本というマーケットの中で、ラグビーとしてのプロファイルが上がっていくこと、これが一番大事だと思います」

前向きに話すキャロル氏だが、会場、そして司会を務める村上氏はどうも懐疑的。現在の日本において、ラグビーは「十何番の位置」(村上氏)。日本でのラグビーワールドカップ開催は、例えるなら「オーストラリアで野球の世界一決定戦『ワールド・ベースボール・クラシック』(WBC)を開催するようなもの」(同)。盛り上がりのイメージについて、さらに村上氏が質問をすると、キャロル氏は「決して簡単ではないチャレンジ」と認めつつも、「ラグビーワールドカップがあるということを利用して、これまでの取り組みや今後のプランをひとつにまとめあげ自ら恩恵を得ていく、日本にとってはまたとないチャンスでもあります」と訴えた。

また、集まった聴衆に向かってこうも言った。
「ラグビーワールドカップやラグビーそのものを盛り上げていくことができる一番の人物は、ファンの皆さんです。皆さんが伝えていく、発信していくことが大事。ぜひ周りの人、友達にラグビーのこと、ラグビーワールドカップのことを話して、話して、話し続けてほしいです」

最後までポジティブな意見を崩さなかったキャロル氏の姿勢に、村上氏から「元気を出して頑張っていきましょう」と会場への呼びかけがあり、第1幕は閉じた。

■「東京五輪との連携も非常に重要」

休憩を挟んだ第2部では、キャロル氏がフォーラム参加者からの質問に答えた。以下は主な質疑応答。

──現在の組織委員会、日本協会の課題は何でしょうか?

キャロル氏「日本はイングランド(2015年大会の開催国)よりも長い準備期間があります。これまでにない時間の使い方ができ、一歩先の準備ができます。日本協会に関しては私のエリアではないので、言えることはないですが、組織委員会について言えば、長い準備期間が与えられた中、プランニングの時間が長くなるので、的確なサイズ規模感で動いていて、まだ華々しい決定がない状態です。これからさまざまな決定を下さなくてはならなくなりますが、それに合わせ、組織を進化させていかなければならないと思います。」

──ラグビーワールドカップ2003で起きたトラブルで最も印象に残ったことはなんですか?

キャロル氏「やはりニュージーランドが退いてしまい、準備が18カ月しかなかったのが一番のトラブルでした。ただ、「18カ月しかない」という機運になったので、もしかしたら助かった部分もあったかもしれません。大きな規模の大会を開催するにあたって、常に最大の敵は時間です。
(それでは日本の6年間というのは長過ぎるのではないでしょうか?)ありすぎですね(笑)。」

──東京五輪の開催が翌年の2020年となりました。東京五輪の組織委員会と連携するなどして盛り上げるということは考えていないのでしょうか?

キャロル氏「2つの組織委員会が連携することは、非常に重要だと私は思っています。ただ、ラグビーワールドカップは単一種目で全国各地に散りばめられる。一方で五輪はさまざまなスポーツが行われ、さまざまなタイプのスタジアムが必要ですが、会場は東京の1都市のみです。

性質の異なる2つの大会ですが、それぞれの準備段階、活動、イベントというところで連携していくことが重要だと思います。例えば、チケット販売のタイミングやリハーサルイベントの部分で連携する必要があると思います。

──子どもたちはどのようにラグビーワールドカップに参加できますか?

キャロル氏「ラグビーワールドカップは人々にさまざまなチャンスを与えてくれるものだと思います。子どもたちで言うと、オーストラリアでは、日本で言う文部科学省と一緒になって、ラグビーワールドカップの2年前から、小学校のカリキュラムの中に参加しました。全部で20ある参加国を選んで、小学校で学びましょうという試みです。そして、同じ国を選んだ学校同士でコンテストを開いて、優勝した学校に参加国が訪ねるといった企画をしました。

■「ファンの発信が成功させるうえで大事な力」

──サッカーとラグビーの連携はどうしていったらいいでしょうか?

キャロル氏「サッカーで言うと、Jリーグと連携を取っていくことが大事になると思います。ラグビーワールドカップという大きな国際的なスポーツイベントを成功させていくためには、そして盛り上げていくためには、そこにプライオリティを持ってもらえるように、仕向けていかなければならないです。例えば、Jリーグの日程を鑑みて、試合が重ならないようにするコーディネーションをすることが必要です。ただ、これはサッカーに限らず、野球などとも行っていかなければならないです。」

──ラグビーの楽しさを伝えるのが難しいのですが、どうラグビー観戦の魅力、楽しさを伝えたらラグビーを好きになってくれると思いますか?

キャロル氏「決してこれは日本だけの問題ではなく、オーストラリアでも難しい問題です。決して簡単に理解できるスポーツではないと思いますが、まずは観てください、慣れてくださいと言うと良いと思います。ゲームを観てください、レフリーが試合を止めても気にしない。そして、良い試合をリラックスして観れば、必ず面白いからと、私だったら言うと思います。

ラグビーほど、いろいろな運動能力がひとつのチームの中に求められて、さまざまな体型をした選手がいて、さまざまな性質のプレーがひとつになっているスポーツは他にないと思います。
 あと、もうひとつ伝えてほしいのは、「ラグビーワールドカップを観なかったら、本当に後悔をするよ、それくらい特別なビッグイベントなんだよ」ということです。」

──最後にメッセージを。

キャロル氏「ラグビーが好きで情熱を持って応援してくれていると思いますが、それをぜひいろいろな人に伝えてほしい、発信していってほしいと思います。皆さんの発信が、日本でラグビーワールドカップを成功させるうえで大事な力になると思います。

日本は良い会場がいっぱいありますし、移動手段も他国と比べても随分と良い、街も魅力的できちんとした宿泊施設、観光地として魅力的なものもある。なおかつ、スポーツ好きの方がたくさんいる、良い意味でお祭り好きで、みんなで集まることが好きな人がたくさんいる。そうした成功に必要な要素がすべて備わっているのが日本です。皆さん、ご心配なく、ラグビーワールドカップ2019は必ず成功すると思います。」

マット・キャロル氏に聞く「ラグビーワールドカップはどんな存在?」

キャロル氏「私のキャリアにとってハイライトです。オーストラリアで2003年大会に携わったことで、名誉勲章もいただきました。また、今回新しいラグビーワールドカップに関わることができるのは他にない、特別な経験になり、前回以上のハイライトになると思います。自分にとって、ラグビーワールドカップは特別なこと、エンジョイできるものです。私のバックグラウンドは建設業界ですので、ビルを建設するように、1つ1つパーツを組み合わせていって、1つのものが出来上がること、しかもそれが最高峰のイベント。その過程を楽しめるものだと思います。また、そういった努力をやっていった結果、私が得られるのはそこに関わるチームやファンの方の笑顔を見たときに全部が報われるように気持ちになります。」