2019年に開催されたラグビーワールドカップ日本大会のレガシーとして、日本ラグビーフットボール協会が2022年3月に立ち上げた「ラグビー競技における脊髄損傷への再生医療適応プロジェクト」の研究報告会が10月8日、東京都内でオンラインとのハイブリッド方式で実施されました。

 

 報告会には、本プロジェクト連携先の慶應義塾大学医学部整形外科教室の中村雅也教授、札幌医科大学の山下敏彦理事長・学長と廣田亮介助教が参加しました。

 冒頭、プロジェクトの河野一郎リーダーが「今回のレガシープロジェクトによりラグビーにおける脊髄損傷への再生医療の可能性を明らかにし、システムを確立していくことは不幸にして受傷したプレーヤーへの福音になると信じております」とあいさつ。その上で「このような形で競技団体として社会貢献のあり方を示すのは有意義なことと思います。この会をスタートとして、研究を支援する基金を具体的に立ち上げていきたい」と述べました。

 ラグビーワールドカップ2023フランス大会視察中だった日本協会の土田雅人会長はビデオメッセージを寄せ、「ラグビーでは重傷事故への備えや対策が欠かせません。このシンポジウムは最新の研究成果を学ばせて頂く貴重な機会になります」などと語り、連携先の先生の皆様や報告会に参加したメディカル委員会のドクターへの謝意を述べました。

 慶應大学の中村雅也先生はiPS細胞を用いた脊髄再生医療の現状を説明しました。「何とか脊髄損傷を治したい」との一心で20年以上にわたり研究を続けてきた中村先生やそのチームは近年、様々な臨床実験などでiPS治療の脊髄再生への有用性を検証してきました。慶應大学が昨年1月に発表した、iPS細胞からつくった細胞を脊髄損傷患者に移植した臨床研究にも光明が見えてきていると言います。中村先生は「不可能と言われた脊髄再生医療を続けていきたい」と意気込みを語りました。

 出席者からは事故が発生した場合の現場での処置で注意すべき点について質問が出ました。中村先生は「新たな損傷を起こしてはいけないので安静が大事です。首や背中に新たな外力を及ぼしてはいけません。損傷部を固定せず不用意に移動させることはありえません。二次的な損傷で症状がひどくなる可能性がある。完全脊損になると、その後の治療効果が全く違ってくるのでとにかく動かさないことが大事です」と絶対安静の重要性を強調しました。


                        慶應義塾大学 中村雅也教授


 次に、オンラインで参加した札幌医科大学の山下先生が「おかげさまで私たちはステミラック(自己骨髄間葉系幹細胞製剤)を用いた脊髄再生の症例を重ね、すでに百数十例に対して投与を行っています。スポーツに起因する脊髄損傷に対する即応体制も構築しているところです。今後もラグビー関係者の皆様にお役にたてますよう、引き続き力を注ぐ所存です」とあいさつしました。

 続いて廣田先生から治療現場の事例について説明がありました。札幌医大では百を超える脊髄損傷患者が登録され、細胞投与後に自然回復を含めて、多くの患者の運動機能、感覚機能で改善が見られるとのことです。水泳飛び込みで受傷した14歳の男性らの回復状況なども動画を交えた説明があり、出席者は熱心に耳を傾けていました。

 参加者からは再生医療のリハビリについて質問があり、廣田先生は「電気刺激、磁気刺激は細胞治療の効果を底上げするのに必要なものと思っています。中村雅也先生を中心に学会ではリハビリのプロトコル作りが進んでいます」と回答しました。


                      札幌医科大学 山下敏彦理事長・学長


                         札幌医科大学 廣田亮介助教


 慶應義塾大学、札幌医科大学からの報告に続いて、今年6月に英国で開催された「International Rugby Charities global conference」に出席したプロジェクトメンバーの坂根正孝からの報告がありました。

 ラグビー先進国には重傷外傷選手に関する支援組織が協会内やNPOなどに存在し、資金集めや大学との共同研究、社会啓発活動などが行われており、今回の会議では頸髄損傷の事例を各国間で共有したり、基金の運用方法などについて話し合ったりしたとのことです。ワールドラグビーから受傷した選手のチャリティーフォーラムを設立しようとの提案があったことも紹介されました。坂根氏は「日本にも新たな基金を作り、ほかのスポーツにも広げていくのがいいのではないか」と提案しました。

 

 最後の登壇者として、河野一郎プロジェクトリーダーが「継続して研究を支援させていただきながらプロジェクトを前に進めていきたいと考えております。競技団体が行う社会貢献活動の一環として、日本ラグビー協会がリーダーシップをとって各競技団体や世界に広げていければと思っております。今後は不幸にして事故が発生した際の搬送システムの構築や基金の設立を目指してまいります。」と今後の展望を述べました。

 

 報告会の最後、プロジェクトの中村明彦サブリーダーは「素晴らしい研究成果を説明して頂き、大変心強く思いました。先生方の成果が、ラグビーでケガをしてしまった選手のためになるよう期待しております。事故の現場と最新の治療を進める先生方を橋渡しすることは我々の役割です。我々だけでなく現場の先生方と協会が関係をより構築して、スムーズな治療につなげることが我々のミッションだと思っています」と閉会のあいさつを述べました。



<報告会概要>

名称:「ラグビー競技における脊髄損傷への再生医療適応プロジェクト」研究報告会

開催日:2023年10月8日(日)

主催:(公財)日本ラグビーフットボール協会

後援:(公財)日本スポーツ協会、(公財)日本パラスポーツ協会、(公財)日本オリンピック委員会、(一財)日本スポーツ政策推進機構、(一社)ジャパンラグビーリーグワン