15番を守り続けた「ヒーローじゃない」FB
この4年間、どんな時にも冷静なプレーぶりで日本代表の15番を守り続けてきた“ミスタークールネス”が、尋常ではない緊張感に包まれていた。
ラグビーワールドカップ(RWC)の歴史を塗り替える2日前。
RWC2015初戦となる南アフリカ戦メンバー発表直後に、報道陣の前に現れた五郎丸歩が漂わせていた雰囲気は、明らかに過去に感じさせたことのない種類のものだった。
「僕自身が一番緊張している」
「平常心で臨むのは無理」
「頭の中が真っ白になっている」
この4年間、日本代表として誰よりも修羅場をくぐり抜けてきた。
学生時代から、大舞台の経験は数多くある。
エディー・ジョーンズ日本代表ヘッドコーチも絶対的な信頼を置く29歳のシニアプレーヤーにとっても、「緊張することしかイメージできない」というほど、RWCという舞台は特別なものであると感じているようだった。
ところが、それから48時間後の2015年9月19日、英国時間の夕刻。快晴に恵まれたブライトンコミュニティースタジアムのピッチ上に立った桜のジャージーの15番の表情は2日前に見せた不安げなものからは無縁であるように見えた。
「小さい頃から憧れてきたワールドカップはイメージできないほど特別な存在。でも、自分ができるパフォーマンスは限られているし、あまり欲張らないで、自分のできることをピッチで100%やることに集中した」
もちろん、昂ぶっていることはうかがえたが、地にしっかり足が付いている状態で試合に入っていたのは開始7分に先制PGを決めたシーンからも明らかだった。
早くも入念にタオルで顔を拭う必要があるほどの汗をかいていたのが秋のイングランドとは思えない残暑によるものだったのか、「初めてのワールドカップ」という緊張感からだったのかは知る由もないが、ともかく落ち着いて汗の処理をした後は通常通りルーティーンを繰り返し、他の試合の時と寸分の狂いもない体の使い方をした上で右足で蹴られたボールは、見ている方としては思わず「難なく」と言ってしまいたくなるほど正確な軌道で2本のゴールポストの間に吸い込まれていった。
その後の今大会での五郎丸の活躍ぶりは、改めて紹介する場でもないだろう。
南アフリカ戦だけでも、おそらくは大会ベストトライのひとつに挙げられるだろう後半28分のトライや前半終了間際のトライセービングタックル、計5PG、2ゴールを決めた正確なプレイスキック。
世界で最も著名なラグビー専門サイトと言っていい『プラネット・ラグビー』が、RWC2015ベストFBに選んだのも当然と言えるプレーぶりで世界中のラグビーファンに自らの存在をアピールし続けている。
もちろん、世界ベストのFBを国内のファンが放っておくわけがない。
ラグビーだけではなく、スポーツ史に残るアップセットを成し遂げたことで、日本国内でもラグビーへの関心が高まり、中心選手でチームの得点源である五郎丸人気はヒートアップしているのは紛れもない事実だ。
日本代表がアメリカ代表戦前まで練習会場にしてきたイングランド中部にあるウォーリックスクールでも、学生たちから真っ先にサインを求められるスーパースター的な存在になった五郎丸だが、本人には全く浮ついたところは見られない。
「ラグビーにヒーローは存在しない。仲間が体を張ったことを点にするのが自分の役割だというだけ。日本代表だけではなく、ヤマハでも同じ状況。キックを入れないと勝てないことが多かった。
この4年間、高いモチベーションでやってこられたのは幸せなこと」
ジョーンズHC率いる日本代表の集大成となるアメリカ戦を前にしても、4年間、最後列を守り続けてきたバイスキャプテンからは特別な気負いみたいなものは感じられない。
「目の前の試合に全力を尽くしていくのがこのチーム。4年間、積み上げてきたものをグラウンドで出すだけ」
いつも通りのルーティーンで、チャンスを得点にしていき、ピンチの失点を防ぐ頼もしい存在として80分間ピッチに立ち続けてくれるはずだ。
text by Kenji Demura
RWC最初のPGを決める五郎丸(南ア戦)。
photo by Kenji Demura